「先生、俺、ここ三日間、腹が痛くて何にも食べられないんだ。」
と、外来にいらした患者さん。昨日、祭日で私の診療所が休みだったので近くの病院の救急外来で点滴をしてもらったが、いっとき楽になっただけで痛み自体は止まらないとのこと。この患者さんは長年の糖尿病に、進行した合併症を起こしてしている人なので、いったい何が起こったのかと思いました。
いつものように患者さんの頭が私の左側に来るように寝ていただいて、さっそくお腹を見せてもらいます。一般的な所見をとるときのように、まず全体を触ってみて…。特に硬くないし、しこりも触れません。心窩部を圧しても痛くないし、肝臓も脾臓も腫れていないし…。
「どこらへんが特に痛いんですか?」と聞くと、
「こっちの方が痛いんだ。」と、左の肋骨の下をさするので、
「どれどれ」と覗き込んでみると、あれあれ、どこかで見たようなブツブツができています。帯状疱疹です。
「ここに、ブツブツができていますね。いつからですか?」
「ああ、それね。3、4日かなあ。湿疹だと思ってオロナインつけてた。」
「…。」
「救急外来では、何て言われましたか?」
「おなか診てくれなかったよ。「点滴してよ」って頼んだの。」
「うーん。そうですか。」
さっそく抗ウイルス剤などを処方して、皮膚に軟膏処置をして、食べられないので点滴してお帰ししました。
帯状疱疹(たいじょうほうしん、Herpes zosterまたはshingles)は、水ぼうそう(水痘 すいとうchickenpox)を起こすウイルス(varicella-zoster virus; VZV)と同じウイルスによって起こされる病気です。以前水ぼうそうにかかったことのある人に起こります。一生の間に約15%の人がかかると言われています。ウイルスは、水ぼうそうが治った後も脊椎の神経節に潜んでいて、かぜや疲れ、ほかの内臓疾患など何らかの免疫能力が低下した状況で再活性化し、神経走行に沿って帯状疱疹を発症します。発疹はたいてい、頚部、胸部から腹部、臀部の片側に帯状に出ることが多いのですが、中には顔や頭など脳神経領域に出てしまう方もいらっしゃいます。ほとんどの場合は外来治療で十分ですが、目の周囲にできた場合は眼科的な処置も必要になりますし、陰部や臀部に生じた場合では膀胱直腸障害(排泄障害)が発生する場合もあります。また全身症状を伴う場合や痛みが強い場合には入院による治療が必要です。帯状疱疹そのものが人に伝染することはありませんが、水ぼうそうにかかっていない人や水痘ワクチンを接種していない幼小児、免疫不全の人に接触すると、水ぼうそうとして伝染し、その人に水ぼうそうを発症させる可能性があります。
帯状疱疹の皮疹は帯状に分布する紅斑から多数の小さな水膨れが生じ、しだいに赤紫色のブツブツとなり、それが潰れて浸出液が出てきます。見た目はとても派手で、痛みが強いのが特徴です。この患者さんのように、ブツブツが痛みとほとんど同時にでてくると、診断もつけやすいのですが、痛みだけ先に出てくる患者さんもいらして、こういうときには診断に苦労します。血清診断はできるのですが時間がかかるので、まず疑うことが大事でしょう。
帯状疱疹には特効薬*があるので、診断をつけさえすれば、治療に迷うことはあまりありません。また、たいてい2週間程度で治りますが、皮膚の色素沈着が残ったり、ヘルペス後神経痛というとても痛い後遺症が頑固に続き、ペインクリニックの助けが必要になることもあります。特に60歳以上の患者さんでは、このヘルペス後神経痛に注意しなくてはなりません。(*アシクロビルaciclovir 800mg x 5回服用/日 または 塩酸バラシクロビルvalaciclovir hydrochloride 1000mg x 3 回服用/日)
帯状疱疹は、大人がかかるものと認識されていますが、このごろ外来で若い人たちに見るようになりました。若い人といっても、20才代で、夜更かししたり食事が不規則だったり不摂生をしたりしているという人だと、帯状疱疹になっても納得がいくのですが、小学生にも見るようになりました。この間も小学校5年生の子供が帯状疱疹で来院し、驚きました。このごろの子供は、昔よりもいろいろストレスが多いのでしょうか?もっとも、若い人ですと、症状も軽いし、投薬するとすぐに治ります。「帯状疱疹といえば60歳以上の大人の病気」と決め付けてはいけないようです。また帯状疱疹は、たいてい一回ですむのですが、稀に繰り返し起こす患者さんがいらっしゃいます。そういう患者さんでは、他に内臓疾患がないかどうかよく調べる必要があるでしょう。
今回の患者さんのように「おなかが痛い!」と聞くと、診察するときにまず消化器疾患を念頭におくのですが、医療従事者が先入観を持たずに、患者さんの訴えをそのまま受け止めたうえで、診察することが大事なのだと思います。初心に返る大切さを教えられました。
この患者さんを診たとき、他の「おなかが痛い!」も思い出したので、何例かご紹介しようと思います。
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