「先生、ちょっといいですか?」
外来診療中、しかも患者さんと応対している真っ最中に、外来婦長がやってきて言いました。心中、むっとしながら振り向くと、普段ちょっとコワイけど頼りになる婦長が、真剣な顔で立っています。
「診療中すみませんが、とても具合の悪い患者さんがいらっしゃるんです。早く見てあげてくれませんか?」
この状況で、この婦長が言うのならよっぽどなのだと思うと、お話していた患者さんも、それを察して、
「じゃ、私は後でいいですから、先にその患者さんを診てあげてください。」とおっしゃって、席を立ってくださいました。そのお言葉に甘えることにして、具合の悪い、という患者さんを外来ブースに入れていただきました。
患者さんは、だんな様とお嬢さんに連れられて車椅子に乗って入ってきました。入ってきた顔を見た途端、これは重度の貧血だということがわかりました。顔色はクリーム色で、冗談でなく外来の壁の色そっくり。透明感はありますが、赤味がほとんどありません。ぐったりと車椅子にもたれかかっています。全体にむくんだ感じで、息も絶え絶えという印象です。身体はろくに動かせず、腕も上がらないという状態になっているのに、本人がどうしても病院に来たくない、というのを無理やり家族が連れてきたのだそうです。ともかく緊急入院させなくてはと、外来の隣の採血室で基本的な採血をする手配をして、病棟婦長に交渉して即時入院の手続きをとっていただきました。
再び、外来の予約患者さんの診察にもどって、しばらくしたころ、検査室から電話がかかってきました。
「先生、さっき外来から緊急で出されたAさんの検体ですが、これ血液なんですか??」(オーダーミスじゃないの?という雰囲気・・・)
「はい。そうですよ。」
「でも、ヘモグロビン1.9ですよー!! 何かの間違いじゃないですか?」
「ええっ!それは低いですね。それほどとは思ってなかったです・・・。でも、本当に血液なんです。」
「患者さん大丈夫なんですか?」
「ええ、一応は…。でも、さっき9階病棟に緊急入院していただきました。」
「わかりました。あんまり薄いんでびっくりしました。こんなの初めてだったので・・・。」(電話が切れる直前に、「やっぱり血液なんだってー!!」という叫び声…。)
(ヘモグロビンは赤血球の中にあって酸素を運んでくれる蛋白質ですが、通常女性で12から15、男性で13から17g/dlくらいはあるものです。)
外来診療が終わって病棟へ行くと、研修医が誇らしげな顔をして報告してくれました。
「先生、貧血の原因、わかりましたよ。」
「もうわかったの?どこからか出血してた?」
「はい。子宮筋腫からの出血でした。」
「ええっ!?良く見つけたわねえ!」
「はい。全部ちゃーんと診ましたから!」
「…。」
かわいそうな患者さんは、このあいだ医師になったばかりの男性研修医に、文字通り頭のてっぺんからつまさきまですっかり“見られてしまった”というわけです。せめて私が来るまで、婦人科系の診察は待って欲しかったなあ…と思いましたが、彼が教科書どおりに診察したために、出血元と考えられる筋腫がこんなに早く見つかったのは事実です。
ベッドに横たわる患者さんは、もう観念したといった表情でした。患者さんに配慮の足りなさをお詫びし、簡単に説明をしてから、婦人科の先生にご連絡して、ともかく婦人科病棟にある処置室で診ていただいたところ、
「筋腫分娩ですね。すぐに取りましょう!」
「えっ。ここでですか?」
「大丈夫。有茎性のものだから、簡単に取れますよ。これをとらないと出血が止まらないしね。」
患者さんに説明をした後で、先生は婦人科病棟のベテラン看護師さんにてきぱきと指示をしました。一連の処置のあと、筋腫を鉗子でつかむと、その鉗子をくるくると回し始めました。しばらく回した後でくっとひっぱると、直径5センチくらいの子宮筋腫がポコンと取れました。
その後の入院中にいろいろと精査しましたが、この子宮筋腫の他に異常は見当たりませんでした。
「こんなに簡単にとれちゃうんなら、もっと早く来てれば良かったわ…。」
患者さんは、
「てっきり子宮癌になってしまった。もう外に顔を出すくらいに大きくなってしまったので、転移して身体中に拡がっているに違いない。身体も動かなくなってきたし、今更病院に行っても、もう助からない…。それなら最後まで家にいたい。」
と思って病院に来なかったそうです。
入院されたときには、重度の貧血からくる心不全の状態になっていましたが、貧血が改善されるとともに全身状態も急速に回復し、2週間後、にこにこしながら元気に退院されました。
30年間血液専門で患者さんを診ていた当時の助教授も、ヘモグロビン1.9は記録的な値だといって驚いていました。正直、良く生きていられたものだと思います。また、患者さんの診察時には初心に帰って、患者さんの気持ちに配慮しつつも、診るべきものは見るという気持ちを忘れないことを、若い研修医に教わりました。