「先生、お父さんを説得して下さい。」
半分泣きそうな顔で、言われました。
「お父さんは、この頃顔色も悪いし、だるいとか疲れたとかすぐ言って横になるし、具合が悪そうにしてるんです。私が、先生に相談しろって言っても『大丈夫、大丈夫』って聴かないんです。」
Tさんは、60代のちょっと小太りの男性です。きれいな奥さんと、「○井のリハウス」のCMに出てきそうなきれいなお嬢さんがいらっしゃいます。何軒もお店を持っていて、いつも忙しそうに働いていらっしゃいます。血圧が少し高いので、数年前から通院していらっしゃいます。喫煙も、前からやめるようにお願いしているのですがなかなかやめられません。お嬢さんは、時々、かぜをひいたり、皮膚のトラブルがあると受診されていました。その時に、さきほどのように訴えられたのです。
確かに、Tさんはこのごろ顔色があまり良くありません。何か変わりがないのかとお尋ねしても、「忙しいから…」と、かわされてしまっていました。しかし、お嬢さんの必死の訴えを聞いて、やはり何もしないではいられないと思っていたところです。Tさんが受診されてきて、「実は、週末、具合が悪くて大学病院の救急に行った」とおっしゃるではありませんか!心臓が悪いのかと思われて、心電図、胸部X線、心臓エコーと胸部CTも撮ったけれど、何も無いと帰された。症状も良くなってきたので、まあいいかと思ったとおっしゃいます。(「まあ、良く」はないぞー!!!)
お嬢さんが心配されていたことも引き合いに出し、
「大学病院での検査では問題は無かったかもしれないけれど、どうしても気になります。念のために、川崎の病院に最新鋭の心臓CTがあります。そこはオープン検査なので、予約して調べてもらいましょう。CTだから、横になっていれば検査は終わってしまいますよ!」とお願いしてみました。
X線CTは、もともと動かない臓器を撮影するのは得意でしたが、動く臓器、特に心臓は上手に撮影することができませんでした。しかし、最近のコンピュータの演算処理能力が飛躍的に良くなったことから、心臓の動きに同期させて、冠動脈をきれいに撮影し、それこそ手に取るように3Dで見られるようになったのです。このCTの登場により、塞栓や梗塞のリスクを負いながら、動脈にカテーテルを入れて冠動脈造影をする必要は、かなり少なくなったと言えます。オープン検査は、私どものような開業医から、外来を通さずに直接、病院の検査室(主に放射線検査室や内視鏡室のことが多いです)に検査をお願いできる仕組みです。大きな病院で検査するとなると、たいていは一度外来を受診して、外来担当の先生からその病院の検査室に予約を入れていただきます。予約の日に検査に行き、その結果を伺いにもう一度行き、と患者さんは何度も、その病院を受診しなくてはならないので、ご負担に感じる方も多いようです。しかし、オープン検査の場合は、開業医から患者さんの都合の良い時間を直接予約し、検査結果は開業医の方に送られてくるので、患者さんは病院には検査に行くだけです。結果も、ふだんから良く知っている医師に説明してもらえるので、質問もしやすくて安心とおっしゃる方が多いです。また、病院としても機械を効率よく使えるので、患者さん、開業医、病院それぞれにとって、ある意味「使い勝手」の良いシステムです。
Tさんも、やはり考えるところがあったのでしょう。病診連携室経由でとった検査予約日に、今回は素直に行って下さいました。
結果は…心臓を栄養する冠動脈、大きく分けて3本あるうちの一本の中ほど、丁度心臓の左右を隔てる「中隔」を栄養する血管の根元がほとんど閉塞していることが発見されました(!!)。後から頂いた画像で見ると、白く映った血管がふっと筆先のように細くなって途切れ、その先はまた白く映っています。ものすごく狭くなった場所はその一か所だけで、その先は、何とかまだ血流がある、今のところはまだ完全に閉塞しているわけではない、ということです。その他の部分の冠動脈は全く問題ありませんでした。
後から、Tさんが話して下さったことによると、心臓CTを撮った直後の説明で、「ここが詰まったら大変だ。なるべく早くステントを入れましょう。今日、これからでもできますが…」と、先生に言われた。その時には、「そんな急に言われても…仕事の段取りもあるし…」と二日間先に延ばしてもらった。でも、そう言って家に帰ってきてからの二日間、何が起こるかと不安で不安で、「こんなんだったら、あの時にすぐにやれば良かったー!!」と思ったそうです。無事に冠動脈の狭窄部にステントが入った後、あれだけしんどかったのはうそのように楽になったそうです。やはり、心筋梗塞寸前の状態だったのでしょう。最新の画像診断の進歩に感謝、感謝です。そして何より、お嬢さんに感謝です。
(しかし、Tさんは、のど元過ぎれば…で、先日また煙草を始めてしまいました。やれやれ...)