近年、抗生物質を主力とした各種抗菌薬の発達により、細菌等の感染症による死亡率は著しい減少をみました。(結核による死亡率の変化をみれば一目瞭然です)。
しかしながら、死亡率は減少しても細菌感染そのものが決して減少している訳ではなく、そればかりか、薬剤の大量使用に伴って抗菌薬に耐性を示す病原菌が急速に増加してきた、と言う事実を見逃してはなりません。そしてこの事実は、医療上最大の武器の一つである抗菌薬に対し、病原菌も力の限りを尽くして抵抗(薬剤耐性の獲得)している、と言い換えられます。
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薬剤耐性、つまりどの抗菌薬にどのように抵抗するか(耐性を示す)と言う遺伝情報(薬剤耐性遺伝子)は、多くの場合宿主細胞内(病原菌の細胞質内)で自律的に増殖できる環状DNA(プラスミド)に獲得、保存されています。
そしてプラスミドは非伝達性プラスミド及び伝達性薬剤耐性プラスミド(Rプラスミド:drug resistance plasmid)に分類することができます。
抗菌薬に対する耐性機構はその種類によって異なりますが、重要な耐性機構の一つは、やはりβ-ラクタマーゼによるβ-ラクタム系(ペニシリン系及びセファロスポリン系)抗菌薬の不活化であると考えられます-*1-。
また、多くの菌にとっても抗菌薬の攻撃を避ける最も重要な機構であり、これを発展させることにより現在まで生存し得た、と言えます。
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もちろん、現在までβ-ラクタマーゼを産生する菌に対抗するため、色々な手段がとられてきました。
例えば、より分解されにくいβ-ラクタム系抗菌薬(メチシリンやオキサシリン等及び第3世代セファロスポリン)やβ-ラクタマーゼ阻害剤との合剤(クラブラン酸、スルバクタムの合剤)等の開発が挙げられます。
しかしながら、近年従来のものと比較してより多くの基質(β-ラクタム系抗菌薬)を分解できるESBLs(Extended Spectrum β-Lactamases)と総称されるβ-ラクタマーゼが分離され-*2-、ヨーロッパ諸国及び米国において新たな耐性菌、特に院内感染の原因菌として問題になりつつあります。
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そしてこのような国外の現状に加えて、日本国内においては国外とは異なった状況が明らかになってきました、すなわち、後述しますようなメタロ-β-ラクタマーゼ産生菌の出現、伝播です。
このような国内外の現状に鑑みれば、今後益々ESBLsを含むβ-ラクタマーゼ産生菌への対応が、院内感染予防上のきわめて重要な問題となることは想像に難くありません。
そこで、今回はβ-ラクタマーゼ及びESBLsについての知識を再確認して頂き、併せて現在どのような試験方法が推奨されているのか、等についてご紹介したいと思います。
β-ラクタマーゼの分類
先ず、β-ラクタマーゼは現在どのように分類されているのか確認してみましょう。
以前より、β-ラクタマーゼは基質特異性(効率よく分解されるβ-ラクタム系抗菌薬は何か?)、酵素蛋白の等電点(pI)、分子量等、生化学的、物理化学的特性によって分類されてきました。
しかしながら、現在ではβ-ラクタマーゼ蛋白のアミノ酸一次配列の相同性や、β-ラクタマーゼ遺伝子の塩基配列の相同性に基づいた系統発生的根拠(先祖が同一であるか否か)により、分類されるようになってきました。つまり分子生物学的な根拠から、より客観的、合理的に分類されるようになった訳です。
この分類法によれば、β-ラクタマーゼは現在、A〜Dの4つのクラスに分類されます。
クラスA、C、D、は酵素活性の中心にセリン残基を持っているのセリン-β-ラクタマーゼと呼ばれ、またクラスBは酵素活性の中心にセリン残基を持たず、金属イオンであるZn2+を有する(要求する)ので、メタロ-β-ラクタマーゼ(亜鉛-β-ラクタマーゼ)と呼ばれています。
まとめると以下のようになります。
セリン-β-ラクタマーゼ |
1.クラスAβ-ラクタマーゼ(ペニシリナーゼ)
ペニシリンを良く分解するので、ペニシリナーゼとも呼ばれています。産生する菌は、ペニシリン系及び第1、第2世代セファロスポリン等を分解(耐性を示す)しますが、セファマイシン系、第3世代セファロスポリン及びカルバペネム系抗菌薬は分解せず感受性を示します。
グラム陰性桿菌が産生するRプラスミド性のクラスAβ-ラクタマーゼは、その遺伝子型から更にTEM型、SHV型等に分類されています。尚、例外的にKlebsiella
pneumoniae 及びProteus vulgarisはこの遺伝子を染色体上に持っており、アンピシリンに自然耐性を示します。 |
2.クラスCβ-ラクタマーゼ(セファロスポリナーゼ)
腸内細菌、Pseudomonas aeruginosa 等のグラム陰性桿菌桿菌が産生し、主にセファロスポリン系抗菌薬を分解します。 |
3.クラスDβ-ラクタマーゼ(OXA型)
腸内細菌、Pseudomonas aeruginosa 等のグラム陰性桿菌桿菌が産生し、ペニシリナーゼの範疇に入りますが、オキサシリンも分解しますのでこのように呼ばれています。 |
メタロ-β-ラクタマーゼ(亜鉛-β-ラクタマーゼ) |
4.クラスBβ-ラクタマーゼ(カルバペネマーゼ)
イミペネムを効率よく分解し、更にその他のカルバペネム系抗菌薬(パニペネム、メロペネム)に対しても、中もしくは高度の耐性を示すのでこのように呼ばれています。
染色体性、プラスミド性含め、Bacteroides fragilis、Srratia marcescens、Klebsiella
pneumoniae、Escherichia coli 等複数のグラム陰性菌で確認されています。 |
ESBLsとは
次に、欧米で問題視されているESBLsについて簡単に説明します。
何故ESBLsと呼ばれるかと言うと、前述したように分解される基質薬剤の種類が拡大したためです。
すなわち、大腸菌やKlebsiella pneumoniae のペニシリナーゼ遺伝子が変異して、セファロスポリン系抗菌薬を分解するようになったβ-ラクタマーゼに、更に変異が加わったために酵素の基質となるβ-ラクタム系抗菌薬の種類が増えたので、このような名前が付けられているのです。
現在、TEM-3型からTEM-19型(13型を除く)及びSHV-2型がESBLsの範疇に入ると言われています。
そして、ESBLsを産生する菌の問題点を、以下のように挙げることができます。
検出方法について |
NCCLS(米国臨床検査標準委員会)が推奨する方法及び判定基準があるものの、未だ標準化されたとは言い難く、検査室で通常行われる検査方法(ディスク法)では検出が困難。 |
検査結果の報告について |
感受性試験において、一部のセファロスポリン系抗菌薬に感受性があるような結果が得られたとしても、臨床的にはセファロスポリン系(セフタジジム、セフォタキシム、セフトリアキソン等)及びモノバクタム系(カルモナム、アズトレオナム)抗菌薬では効果が無い可能性がある旨、必ず付記する必要がある。 |
臨床上の対応について |
セファロスポリン系及びモノバクタム系抗菌薬が使用できない可能性があるので、結果として、治療に使用できる抗菌薬が極めて限定されることになる。
つまり、特定の抗菌薬の大量使用につながる。 |
では何故このような事態に到ったのでしょうか?
それは、TEM及びSHV型と呼ばれていた典型的なペニシリナーゼ遺伝子が各種のβ-ラクタム系抗菌薬に暴露された結果、少しずつ変異してこれら各種抗菌薬を分解する能力を獲得し、その結果として、本来このタイプのペニシリナーゼには安定なはずの第3世代セファロスポリン系抗菌薬やモノバクタム系抗菌薬を分解するようになったと考えられます-*3-。
日本におけるESBLs
日本国内はどのような状況にあるのでしょうか?
先ずESBLsについてですが、TEM型を産生する耐性菌の分離についての報告は殆どなく-*4-、Toho型の分離報告-*5-.-*6-以外、今のところ院内感染等において大きな問題とはなっていないようです。但し、調査不十分と言う面も否めませんので、今後の動向には細心の注意を払う必要があると考えます。
ところで、前述しましたように国内では別のβ-ラクタマーゼがきわめて大きな問題となりつつあります。
それは欧米の場合と異なり、カルバペネム系抗菌薬の大量使用の産物と考えられるメタロ-β-ラクタマーゼ 『特にIMP-1型:カルバペネマーゼ遺伝子(bla IMP)を有する』産生菌の出現、伝播-*7-と言う非常に厄介な出来事です。
メタロ-β-ラクタマーゼとは
メタロ-β-ラクタマーゼは第3世代セフェムだけでなく、イミペネムをはじめとするカルバペネム系抗菌薬をも分解してしまい(カルバペネマーゼと呼ばれます)、最も危険なβ-ラクタマーゼと考えられています。そしてこの酵素を産生する菌が、既に複数の施設で分離されています-*8-.-*9-。
カルバペネマーゼであると言うことは、単剤では全てのβ-ラクタム系抗菌薬が効果を示さない(ペニシリンやセファロスポリンを非常に良く分解するものもある)と言うことであり、更に厄介なことに現在使用されているβ-ラクタマーゼ阻害剤も全く効果を示さないのです-*1-.-*10-。またアミノグリコシド系及びニューキノロン系等他の抗菌薬の効果についても、未だ確固たるデータが無いようです。
唯一、メルカプト酢酸等のチオール化合物が非常に強力にメタロ-β-ラクタマーゼを阻害することが示されていますが-*11-、臨床に適応するにはまだ多くの時間を有すると考えられます。
このように、メタロ-β-ラクタマーゼ産生菌が出現、伝播しつつあると言うことは、国外よりも日本国内の方がより深刻な状況になりつつあると考えるべきではないでしょうか。
対処方法
ESBLsについても同じことが言えますが、メタロ-β-ラクタマーゼ産生菌の出現を最小限にくい止めるためには、やはりβ-ラクタム系抗菌薬、いや全ての抗菌薬をより慎重に使用すること以外選択の余地は無いと考えます。
それは、まさに臨床での患者への慎重な投与であり、言い換えれば信頼性の高い検査によって確実な検出を行い、より確度の高い情報を検査から臨床へ伝えることに他なりません。
検出方法
ESBLs産生菌の存在が疑われる場合は、セフポドキシム、セフタジジム、セフォタキシム、セフトリアキソン、アズトレオナムのディスク阻止円径が縮小、またはMIC値が上昇した時であり、更にこれらの縮小した阻止円径及び上昇したMIC値が、β-ラクタマーゼ阻害剤(クラブラン酸 等)で改善(阻止円の拡大、MIC値の減少)された時強く示唆されます。
前述のように、現在NCCLSが推奨する検出方法及び判定基準が存在しますが-*12-、上記のディスク拡散法が主体ですので、本法ではESBLsの検出は不完全と言わざるを得ないと考えられます。
尚、他の方法として、Three-dimensional test、Double-disk test及びEtestが報告されており-*13-、特にThree-dimensional test、Double-disk testが高い信頼性と共に、高い検出率を有するとして期待されています。
但し、上述のように、日本の場合は米国、欧米とは異なりメタロ-β-ラクタマーゼの伝播が危惧されますが、これを検査室で確実に検出する方法(感受性試験)は確立されていません。しかし、本酵素を産生する菌はセフタジジムに高度耐性(MIC>128μg/ml)を示すことが多く、且つカルバペネム系抗菌薬にも低度(MIC≦4μg/ml)または高度耐性(MIC>8μg/ml)を示すことが多いので、これらの感受性試験結果を得た分離株についてPCR試験によりbla IMP遺伝子を検出することが、現状では最も確実な方法と考えられます。
とは言え、検査室で日常的に適応できる確実且つ安価な方法は開発されていませんので、今後これらの開発及び方法の確立が強く求められる訳です。
関連用語
●プラスミド(Rプラスミド)とは?
主にグラム陰性菌の薬剤耐性の原因であり、多くの場合、トランスポゾン(動く遺伝子)としてプラスミド間や染色体・プラスミド間で転移を繰り返す。
●β-ラクタマーゼによる不活化とは?
酵素であるβ-ラクタマーゼ(ペニシリナーゼ、セファロスポリナーゼ等)が、ペニシリン、セファロスポリン系抗菌薬の抗菌活性を担うβ-ラクタム環を加水分解することによって、これら抗菌薬の抗菌活性を失わせる。
●TEM型、SHV型とは?
プラスミド型のペニシリナーゼであり、遺伝子(塩基配列)の相同性に基づいた系統発生的根拠によって分類される-*1-)。
その語源は、
TEM:Tem Nova(最初の患者名)
SHV:Sulfhydryl Variable(一価のSH基を有する)
また、Point Mutation(点変異)によりアミノ酸が置換し、単一または複数の位置の違いにより、性質の異なった多くのESBLsが出現している(既にTEM型は50に近い)。
●β-ラクタマーゼ阻害剤が効果を示さないとは?
通常クラブラン酸等のβ-ラクタマーゼ阻害剤は、酵素(セリン-β-ラクタマーゼ)とアシル中間体を形成するが、メタロ-β-ラクタマーゼとは形成できないため酵素活性は阻害されず、β-ラクタム系抗菌薬は分解されてしまう。
●チオール化合物(メルカプト化合物)とは?
分子内に-SH基を持つもので、自らは酸化され易いため抗酸化剤として汎用される。
参考文献
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11.Inhibition of Metallo-β-lactamase by a Series of Mercaptoacetic
Acid Thiol Ester Derivatives
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12.NCCLS Documents
M2-A6 Vol.17 No.1
Performance Standards for Antimicrobial Disk Susceptibility Tests-Sixth
Edition ;Approved Standard
M7-A4 Vol.17 No.2
Methods for Dilution Antimicrobial Susceptibility Tests for Bacteria
That Grow
Aerobically-Fourth Edition ;Approved Standard |
13.Comparison of Screening Methods for Detection of Extended-Spectrum
β-Lactamases and Their Prevalence among Blood Isolates of Escherichia
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