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I's eye:コロナウイルス 新型コロナウイルス感染症の現在を俯瞰する

2024年4月発行
掲載内容は、情報誌「Ignazzo(イグナッソ)」発行時点の情報です。
国立感染症研究所 インフルエンザ・呼吸器系ウイルス研究センター 松山 州徳

はじめに

 新型コロナウイルスのパンデミックを経験して、病院、保健所、検査機関を始め、飲食店や一般家庭まで、我々の社会は大きく変化した。コロナウイルスとは何なのかを高い視点から眺め、ウイルスと人類の関係を考えることは、今後ウィズコロナの時代を生きていくうえでのヒントになる。

動物と新型コロナウイルス

 新型コロナウイルスはコウモリのコロナウイルスとセンザンコウのコロナウイルスが遺伝子組み換えを起こしたものを祖先とすると考えられているが、どのような動物を仲介してヒトに感染するようになったのかは不明である。ヒトでの感染拡大の発端については、中国武漢において海鮮市場のタヌキからヒトに感染したという説と、研究室で作られたウイルスが漏洩したという説があるが、結論はついていない。一方、ヒトから多種の動物への感染が確認されている。ペットではイヌ、ネコ及びフェレットに感染した。香港ではペットショップのハムスター2000匹が、デンマークでは1700匹のミンクが感染を疑われ、殺処分された。北米の野生のシカでは既に4割の個体で新型コロナウイルスに対する抗体価の上昇が認められている。ニューヨークでは、下水の中からネズミへの感染を可能にする特徴的な変異ウイルスの遺伝子が検出されており、ネズミの中で蔓延している可能性が示唆されている。つまり新型コロナウイルスは人獣共通感染症である。野生動物に感染して独自に進化している可能性があり、人類への再感染が懸念される。

変異株

 2019年の新型コロナウイルスの発生から4年が経とうとしているが、このウイルスはもはや人類全体に蔓延しており、人類の集団の中で様々な変異株が発生しては消えている。特にこのウイルスが変異を起こしやすい性質をもっているわけではなく、これまで病原体の遺伝子解析が大規模に行われたことがなかったため、今回初めて変異の頻度が明らかになっただけであり、他の呼吸器ウイルスも同様に変異していると考えられる。世界保健機関(WHO)はそれぞれの変異株について、増殖性や伝播性の違いから「懸念される変異株(VOC)」、「注目すべき変異株(VOI)」、「監視下の変異株(VUM)」と定義し、そのリスクを公表している。これまでに大きく感染拡大した変異株は、アルファ、ベータ、ガンマ、デルタ、オミクロンであり、これらの伝播性や病原性が少しずつ変化していることを示す論文が多数報告されているが、劇的に脅威が増した印象は無い。発生当初の2020年のウイルスの性質を基本的には維持し続けていると考えられる。現在ではオミクロン株に属する数種が検出されており(図1)、伝播性を微増しながら人類に定着しているように見える。一方、最近見つかったオミクロン株のBA.2.86と呼ばれる変異株は日本では現在までに42件しか検出されていないが、スパイクタンパクに30以上もの変異が認められるため、免疫逃避や感染拡大が懸念されている。

ヒトのウイルス感受性

 2023年5月8日からは新型コロナウイルスの感染症法上の扱いが変更され、2類感染症相当(隔離入院を要する警戒すべき感染症)から5類感染症(普通の風邪よりも警戒を要するため発生動向が調査される感染症)となった。多くの人がマスクを外し警戒を解くこととなったが、人類が新型コロナウイルスに打ち勝ったというよりも、むしろ新型コロナウイルスを受け入れ、共存することに成功したと言ったほうが現状を表している。人類と共存している呼吸器ウイルスは数十種あるが、新型コロナウイルスもこれらに加わったことになる。しかし、高齢者や併存症を持つ人にとっては重症化のリスクは高く、また若年層においてもロングCOVIDと呼ばれる味覚障害、睡眠障害、倦怠感、関節痛、集中力低下、抑うつなどの後遺症は今でも見られ、普通の風邪とは明らかに異なる病気であることがわかる。
 日本国内においてワクチンを3回接種した人の割合は67%ほどであり、また抗体保持者の割合は調査によって結果は異なるが、56~95%と報告されており、ウイルスに抵抗力のない人は少なからず存在していると考えられる。一方で、新型コロナウイルスに対する抗体価が十分に上がってない人であっても、ウイルスやワクチンの形を記憶T細胞が覚えていてウイルス排除に働くことを示す報告があり、多くの健康な人にとっては、このウイルスは他の呼吸器ウイルス同様、楽観視できる存在であるとも言える。

治療薬

 新型コロナウイルスの治療薬として、日本国内で薬事承認された薬は10種類ある。その中で抗体医薬は3種類、抗ウイルス薬は4種類、抗炎症薬は3種類 である。またワクチンには大きく分けてmRNAワクチンと組換えタンパク質ワクチンの2種類がある。抗体医薬については、薬に含まれる5種類の抗体(カシリビマブ、イムデビマブ、ソトロビマブ、チキサゲビマブ、シルガビマブ)に対する耐性変異が、現在蔓延している新型コロナウイルスの90%以上に認められるため、投与しても期待される治療効果が得られる公算は低い。抗ウイルス薬については、蔓延するウイルスの100%にレムデシビルの耐性変異が認められるが、モルヌピラビル、ニルマトレルビル、エンシトレルビルに対する変異は認められないので、これらには相応の治療効果が期待できる。しかし、そもそもこれらの抗ウイルス薬の効果は低く「特効薬」には程遠いことに加え、無闇な処方は耐性株の発生を誘発するため、留意して処方する必要がある。抗炎症薬(デキサメタゾン、バリシチニブ、トシリズマブ)はウイルス特異的な治療薬ではないが、重症者を対象とした対症療法に用いられている。また、ワクチンについては、日本国内ではmRNAワクチン(モデルナ、ファイザー)と組換えタンパク質ワクチン(ノババックス)の2種類が流通しているが、それぞれオミクロン株のスパイクタンパクを元に作られたものが接種されている。これらには感染者の重症化を防ぐ効果が期待できるが、ウイルスの感染そのものを防ぐ効果は低い。
 呼吸器ウイルスは主に体の外側に面している呼吸器の細胞に感染するのに対し、薬や抗体は血中から、つまり体の内側から作用するため、感染部位に高濃度で作用させることが難しい。呼吸器ウイルスに対して終生免疫を誘導するワクチンや、体内で呼吸器ウイルスの増殖を効率よく抑える薬が、未だに存在しないのはそのためであろう。

検査

 この4年間で日本国内の検査体制は大きく改善された。日本の臨床現場では迅速診断法(イムノクロマト法)によるインフルエンザウイルスの検査が普及しており、PCR法による診断は稀であった。イムノクロマト法はPCR法と比べて1万分の1の感度しかないため、新型コロナウイルスの感染拡大阻止を目的とする感染者の検出には不向きであった。また2002年から2003年に中国で発生した重症急性呼吸器症候群(SARS-CoV)や、2012年からサウジアラビア近隣で発生している中東呼吸器症候群コロナウイルス(MERS-CoV)の感染拡大において、日本では1人の感染者も発生しなかったため、これらの感染拡大が発生したアジア諸国と較べてPCR法の普及が著しく遅れていた。今回図らずも検査基盤の整備に成功し、諸外国に追いつくことができたと言える。さらに次世代シークエンス法はこれまで一部の研究機関が所持する特別な技術であったが、今では臨床検査会社や地方衛生研究所にも多数配備されている。ウイルスの全遺伝子を解読してデータベースに集積させ、変異株の発生やその伝播状況、薬剤耐性株の発生を追跡できるようになった。
 今後の技術革新として、様々な場所(患者検体に加え、家畜やペットや野生動物、下水やあらゆる環境)から採取した様々なウイルスの遺伝子配列について、データベースに蓄積し、また病院の電子カルテネットワークと統合し、人工知能を用いて感染拡大のリスクや病原性の変化を予測する技術の開発が期待できる。

SARS-CoV-2ゲノムサーベイランスによる国内の系統別検出状況
図1 SARS-CoV-2ゲノムサーベイランスによる国内の系統別検出状況
2023年1月以降に国内で検出された変異株を、それぞれ別の色で示してある。
WHOによる変異株リスク評価において注目すべき変異株(VOI)に指定された
“EG.5.1”、“HK.3”、“XBB1.5”、“XBB1.16”については図中に示した。
各週において検出数1%未満の系統は、まとめて“Others”とした。
本データには地方衛生研究所で解析された結果が含まれる。
(提供:国立感染症研究所 冨田有里子)