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感染症アラカルト:AI技術を活用した感染症検査ソリューション

2024年4月発行
掲載内容は、情報誌「Ignazzo(イグナッソ)」発行時点の情報です。
GramEye 代表取締役 平岡 悠

昨今医療の世界にもAI技術を活用したソリューションが数多く誕生しつつあります。今回は、AI・ロボティクスソリューションを活用し、感染症検査にとって非常に重要な「グラム染色」の自動化に挑んでいるGramEye社の平岡 悠社長にお話しを伺うことができました。

Q1 そもそもAIとは何かという基本的な話からお聞かせいただけますでしょうか。

 AIとは広い概念で、統計的な処理に基づいて何かを判断したり、出力をするというものです。より細かく言うと、機械学習というものがあり、そのさらに狭い領域の中に画像解析のAIというものがあります。私たちの技術はその画像解析のAIということになります。

Q2 なぜ、グラム染色の自動化に取り組もうと考えたのでしょうか。

 創業者は私と山田 達也〔GramEye社 取締役/医師(大阪大学大学院医学系研究科)〕ですが、山田には認知症や急性心筋梗塞などの社会課題を解決したいという目標がありました。2017年には東南アジアの不適切な抗菌薬の処方について現地調査をした経験があり、当時、彼が進めていた事業はタイ王国における下痢症の診断ボットというもので、タイ語のラインボットとして下痢の症状を入力していくと抗菌薬が必要かどうかをその場で返信していくというものでした。
 私は広島県の県北出身で、医師不足が問題だった地域ですが、山田と同様、純粋に医師になろうというよりは、まだ世の中にない、新しいモノやサービス(価値)を生み出したいと考えており、大学の初期には会計学も学んでいました。また、プログラミング技術も勉強し、当時の研究室でAIやwebアプリケーションも作っていました。
 あるとき、大阪大学病院の検査室に伺った際に、検査技師さんがグラム染色を行っており、その場でおおよその結果を答えている姿を目にすることができました。しかし一方で、カルテでの結果報告は多くの場合は4分類で報告されており、また、結果報告までのリードタイムが長いのが実態でした。

Q3 この事業は「世界的な医療課題“薬剤耐性菌”に取り組む」という御社のミッションにどのようにつながるのでしょうか?

 迅速安価に菌種結果を報告できることに加え、その前後の運用により、適切な抗菌薬の処方にどのようにつなげていくかが重要です。たとえば検体を採取してもナースステーションに長時間放置されれば迅速化にはつながりません。早く検査室に運んでもらい、到着次第ただちに検査が行われ、結果として医師が迅速に報告を確認できれば、適切なファーストラインの抗菌薬の決定につながるということです。4分類がわかるだけでも、また菌の存在の有無だけでも適切な抗菌薬選択につながりますし、
 特に血液培養は、致死率も高く、迅速対応が必要になってくるため、夜間休日にグラム染色結果がわかることには意義があると思います。

Q4 これまでグラム染色を実施してきた医療関係者の反応はいかがですか?

 昨年度、今年度と日本臨床微生物学会に製品を展示しました。昨年度は先進的な取り組みをされているKOLの皆様に展示会場でいろいろなご意見を伺い、ほとんどの皆様に非常にポジティブに捉えていただきました。今年度の展示においても、昨年度に比べ、さらに認知のすそ野が広がったと感じました。ベテランの皆様の一部には反発もあったという話もお聞きしていますが、AIのシンポジウムにはそのような方も含め、多くの皆様にご参加いただきました。今後さらに多くの皆様と対話していくことが重要だと考えています。

Q5 現在の製品は人間と比較すると、どの程度の判定が可能なのでしょうか?

 ベテランの検査技師さんを基準にすると、まだまだ手前だと思います。しかし今後、製品上市後データが増えていくと精度は向上していきます。まずは4分類から始めて、その後さまざまなデータを集めていく計画です。弊社の検査技師はかなり熟練した技術を持っており、専門的なAIデータ用の紐付けも行っております。人間を超えるまでにはもう少し時間がかかりますが、将来的は菌種を特定できるところまで見据えて日々努力しております。

Q6 人間とAIの判定方法には違いがあるのでしょうか?

 実は人間とAIは判定までのプロセスが違います。人間はグラム染色以外の情報も頭に入れて総合的な判断をしています。たとえば脳梗塞の既往があれば誤嚥性肺炎の可能性があるという目で見ることができ、推定菌種が見えてきます。たくさんの抗菌薬が処方されているという情報があれば、グラム陽性桿菌のように見えても、抗菌薬の影響を受けたグラム陰性桿菌なのではないかと推定できます。つまり、視覚情報以外の情報も得て、総合的に判断でき、それで判断することができるのが人間です。
 一方、AIは画像だけで判断しています。しかしAIの強みは人間がとても経験しきれない量の画像を学習できることであり、人間が目に留めなかったような特徴を引き出してきて最終結果を判断するという、人間のやりかたとは違うルートで正解にたどり着くことができるわけです。

Q7 AIが人間のように総合的に判定できるようになれば、人間を超える日が来ますか?

 そのような構想は世界的にはあります。たとえば放射線の画像や、内視鏡画像などを統合して診断を下すという構想などです。国内でもAI医療機器を開発している企業が、弊社を含めてドリームチームを作って何かを作り上げるという未来もありえます。
 すべてを統合した、何でも投げ入れられるAIという構想もあります。文字を投げてもよいし、画像を投げてもよい。血糖値のような時系列データを投げてもよい。人間の医師はそれをやっているわけで、心電図の波形、放射線科の画像、グラム染色の画像、患者の声も聴いて総合的に判断をしています。何を投げ入れても、一定の診断を導く、または方針を決める、そういった新しい基盤モデルを作る構想があるわけです。

Q8 AI技術の進化は、微生物学や医療診断分野においてどう貢献してくのでしょうか?

 弊社の機器の特徴にもなりますが、検体処理から染色工程までかなり統一化を進めています。また、機器は同一の光学系、顕微鏡・レンズなどを使っています。つまりほぼすべてのフローにおいて標準化がなされるところが我々の強みです。
 グラム染色は人の目で見ているものですので、いろいろな論文を見ても、その精度については検査する人の熟練度によってかなり幅があることで、なかなかエビデンスを構築しづらい性質をもっていることがわかりました。
 それが標準化されると、グラム染色像とさまざまな疾患との関連性が見えるようになると考えています。たとえば研究者がある疾患について研究したいと考えた場合に、膨大な量のグラム染色画像にアクセスすることができ、それとの関連性をみてエビデンスを構築するということができると思いますし、それによって、さまざまな病態の解明も進んでいくと思います。

Q9 AI・ロボティクスソリューションの未来についてどのようにお考えですか?

 AIもしくはロボティクスを抜きにした、グラム染色そのものについてお話しする必要があります。たとえばPCR検査や抗原検査には、それぞれ原理上できることと、できないことが決まっています。抗原抗体反応であれば、抗体を設計してそれを製造して運ぶ必要があり、コストもかかります。PCR検査もさまざまな試薬を使います。プライマーの量も限られているので、そこには限界があります。
 一方、グラム染色というのは形態を見て何かを判断するという領域です。レンズというものを演算機と捉えた場合、超効率にほぼ電気も使わないで観察できるという行為といえるわけです。たとえば牛か馬かを見分けるには、DNA検査をする必要はなく、目で見れば概ねわかります。非常に効率的にある程度のものがわかるということが「見る」という行為であり、グラム染色もそれと同じと考えると、その優位性は変らないだろうなと思います。グラム染色に取り組み続けること自体には自信をもっています。
 さらに先の未来に、AIとロボティクスが発展した場合にどうなるかについては予測が大変難しいです。どこまで技術が発展するかわかりませんが、私も含めて医療従事者が自信を失わざるを得ないような世界になっていく可能性もありますし、人間性が変わってしまう可能性もあります。今すぐに答はないのですが、全世界的にすべてのシステムが同時に広まっていくことはないと思います。経済性の壁があり、途上国などにはこうしたシステムは簡単には広まらないでしょうし、まだまだ時間がかかるのではないでしょうか。