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付録解説:アウトブレイク対応に役立つ疫学調査ツール

2024年4月発行

掲載内容は、情報誌「Ignazzo(イグナッソ)」発行時点の情報です。

東北医科薬科大学 医学部 感染症学教室 吉田 眞紀子(写真左)
国際医療福祉大学大学院 医学研究科 公衆衛生学専攻 藤田 烈(写真右)

「アウトブレイクかもしれない」

病院
そう気づいたら、すぐに2つのアクションを起こします。当面の対策と疫学調査です。疫学調査の手法をシナリオに沿って学んでいきましょう。

学びのポイント

・記述疫学の実際
・症例定義の作り方
・(エクセル)エピカーブの書き方
・(エクセル)アウトブレイク疫学調査に必要な統計学の基本

ある病院でのシーン

 A病院の感染管理担当者であるBさんは、2022年4月からCAUTIサーベイランスを実施しています。2023年7月からCAUTIが連続発生したため、データを解析し、アウトブレイクと判断しました。症例定義に基づき、次の項目を情報収集してラインリストに整理しました。

尿培養検体採取日および培養結果、臨床症状の有無、症状の内容、発現日、年齢、性別、基礎疾患、尿道留置カテーテル挿入日、継続留置日数、薬剤耐性菌の保菌の有無、カテーテル種類、カテーテル材質、清潔ケア(シャワー浴、陰部洗浄、陰部清拭等)


 収集したデータから、CAUTI患者に共通する特徴として、高齢、男性、基礎疾患あり、カテーテル留置期間が長いことが確認されました。したがって、高齢、男性、基礎疾患の条件を満たす患者をCAUTIハイリスク患者として特に注意深く観察し、尿道留置カテーテルの利用を最小限に留めるよう病棟スタッフと関連診療科に周知しました。また、病棟スタッフおよび関連診療科に、尿道留置カテーテルの要否を毎日必ず評価することを徹底しました。


はじめに

CAUTI サーベイランス集計結果
 感染症アウトブレイクとは、「時」(一定の期間に)、「場所」(特定の場所で)、「人」(特定の集団で)で、予想されるよりも多く、あるいは公衆衛生上重要な感染症(発生はきわめてまれだが重篤な感染症)が発生することを意味します。疫学調査はアウトブレイクに関連する情報を収拾し、解析することで、感染源・感染経路に関する危険因子を絞り込み、より有効な拡大防止策や再発防止策を行うことを目的に実施されます。

疫学調査の始まり

アウトブレイク時の疫学調査
図1 アウトブレイク時の疫学調査

アウトブレイク時の疫学調査のステップを図1に示します。まず、「本当にアウトブレイクなのか?」を検証し、“ YES” であれば疫学調査を開始します。調査は記述疫学、仮説、解析疫学の3段階で進み、その結果は対策や提言に集約されます。

本当にアウトブレイクでしょうか?

 院内で実施している耐性菌サーベイランス、デバイス関連感染サーベイランス、あるいは主に冬季に実施されるインフルエンザ様疾患サーベイランスや下痢症サーベイランスなどから異常な集積が探知されたら「アウトブレイクの可能性あり」と考え、可能な対策を早急に行うと共に疫学調査を開始します。
「アウトブレイクだ!」と早期に認識するためには、普段から実施されているサーベイランスのデータからベースラインを把握し、たとえば「平均感染率の95%信頼区間の上限を超える」など明らかな増加があることを確認します(表1)。
表1 母平均の95% 信頼区間をExcelで求める方法
表1 母平均の95% 信頼区間をExcelで求める方法

演習1

 2022年4月からCAUTIサーベイランスを行っており、2023年7月からCAUTIが連続発生したため、データ解析を行って真のアウトブレイクかどうかを判定してみましょう。付録Excelシートの『CAUTI発生件数・カテーテル延べ使用日数』(リスト1)を入力します。自動作成された「母平均の95%信頼区間」のグラフから、アウトブレイク判断基準のひとつである、「平均感染率の95%信頼区間の上限を超えているか」を確認します。

*今回のシナリオのように、デバイス関連感染症のようなイベント発生頻度の低い感染症を対象とする場合には相当の期間と慎重な判断が必要となり、その報告には注意を要します。
CAUTI 感染率の推移を1ヵ月単位で集計した場合
CAUTI 感染率の推移を1ヵ月単位で集計した場合
CAUTI 感染率の推移を1ヵ月単位で集計した場合
CAUTI 感染率の推移を1ヵ月単位で集計した場合

記述疫学は「症例定義」から始まります

記述疫学は全体像の把握と感染源・感染経路に関する仮説を立てるために行います。
 アウトブレイクを探知したら、症例定義を決め、積極的症例探査を行います。症例定義とは調査対象集団を定義することです。症例定義は「時」「場所」「人」の3要素、つまり対象期間・対象場所・対象者からなります。定義に沿ってサーベイランスデータ、カルテ調査や聞き取り調査などの方法で後ろ向き調査を実施し、発症者の情報を集め、ほかに発症者がいないかを調査します。

演習2

「2022年7月から2023年9月の期間に、A病棟に入院中の患者で、CAUTIサーベイランスによりCAUTIと判断された患者」と症例を定義し、合致する患者がいないかを調べましょう。


記述疫学で全体像を把握する

症例定義
 集まった情報はラインリストとよばれる一覧表にまとめます。このラインリストが調査の肝になります。1行が1症例に該当し、氏名・イニシャルなどの識別のための情報から始まり、人的背景、症状、発症に関連すると考えられる情報が続きます。記載に際しては、後に集計することを想定して「はい」「いいえ」などのカウントできる表現を用い、日時は統一された表現で入力します。

演習3

 症例定義に基づき、必要な情報を収集し、付録Excelシート『ラインリスト』(リスト2)に入力してラインリストを作成しましょう。ここからCAUTI患者に共通する特徴として、高齢、男性、基礎疾患あり、カテーテル留置期間が長いことが確認されます。


「時」「場所」「人」で症例の特徴をまとめます  重要 

 得られた情報は全てラインリストにまとめられ、そこから事例の全体像を「時」「場所」「人」の3要素で解説します。
「時」の情報はエピカーブ(エピデミックカーブ、流行曲線)と呼ばれるグラフで表します(演習4のA)。エピカーブはアウトブレイクの規模や期間を視覚的に示したグラフであり、横軸は時間経過、縦軸は発症者数を示します。時間経過は連続的なので、エピカーブは棒グラフではなく、隣り合った時間毎のカラムの間に隙間のないヒストグラムとして表します。エピカーブの形状を見ることで、拡大のパターン(単一曝露、2次感染、繰り返しの曝露など)が推察できます(B、C、D)。また、アウトブレイクのどの時点にいるのかを判断する基準になります。

演習4

 付録Excelシートで今回のサンプル事例でエピカーブを確認してみましょう。自作する場合のエピカーブは発症日や診断日をX軸(横軸)、症例数や事例件数をY軸(縦軸)に設定し、ヒストグラムを作成します。
「場所」の情報は病棟マップを用いて事例に関連する場所の情報、たとえばベッド配置、トイレ、洗面所を記載し、そこに患者の使用状況をプロットする。人の情報は個別の情報(年齢層、介助の有無、発症の時期など)を区別して記載したり、担当したスタッフを合わせて記載したりすることで発生の偏りを把握します。
 医療機関で発生するアウトブレイクの場合、記述疫学をまとめることでおおよその感染源・感染経路が推定できることが多く、さらには実施している対策の評価を行うことができます。


演習5

記述疫学を文章で書いてみましょう。
シナリオの例
・2023年の7月以降、明らかなCAUTI感染率の上昇が観察され、現在まで続いている。
・2023年7月以降の感染率は、それ以前の平均感染率の95%信頼区間上限を超えている。
・2023年7月前後のオッズ比を算出すると、前期に対する後期のオッズ比は6.1であり、95%信頼区間の下限値は1を超えている。
・アウトブレイクが発生していると判断することが妥当である。


解析疫学で感染源・感染経路・危険因子を絞り込見ましょう

 記述疫学の結果から感染源・感染経路・危険因子に関する仮説を立てましょう。
記述疫学(「時」「場所」「人」)から浮かび上がってくる感染源、感染経路、危険因子から仮説を立てる際には、並行して実施される環境調査の結果、視察・聞き取り調査の結果、過去の事例なども参考にします。そして、発症した群と発症しなかった群、あるいは感染源に曝露された群と曝露されなかった群に分けて率や比を用いて両群を比較し仮説を検証します。これが「解析疫学」です。

演習6

 仮説を立ててみましょう。シナリオでは「2022年4月から2023年9月の期間に、A病棟で発生したCAUTI患者の集積は、カテーテル種類に関連がある」という仮説が立てられます。


解析疫学

 記述疫学から導き出された仮説を検証するための疫学手法が後ろ向きコホート研究と症例対照研究です。どちらも曝露因子と結果の関連性の強さを定量化します。
 コホート研究では、対象集団全体を曝露の有無でグループ分けして、曝露群、非暴露群それぞれの発症率の比である相対危険度(リスク比:RR)を求めます。
 一方、症例対照研究は、たとえば同じ病棟に同じ時期に入院していた非発症者を対照とし、症例と対照のそれぞれの危険因子に対する曝露オッズを比較します。
 コホート研究や症例対照研究を通して知ることができるのは疫学的関連性の強さであり、統計学的有意については95%信頼区間やχ2乗検定によって検討する必要があります。さらに解析結果を解釈する際にはバイアスや交絡を検証し、「真の関連」であるかどうかを検討します。
 一般に市中での感染症集団発生などでは症例対照研究が、比較的小さな集団で発生した事例で、集団全体の詳細な曝露状況や発生状況が入手できる場合は後ろ向きコホート研究が適していると言われています。

レポート・報告書でタイムリーな状況共有を

アウトブレイク レポート(A4用紙1枚サイズ)
アウトブレイク レポート(A4用紙1枚サイズ)

 アウトブレイク時の疫学調査をして対策を立てても、それを実施するのは感染管理室やICT、感染管理の専門家である感染管理認定看護師ではありません。実施の中心となる現場スタッフと記述疫学の結果やそこから導き出される対策を共有するためには、記述疫学・解析疫学の要点を1枚の用紙に簡潔にまとめて、随時状況を共有することが大切になってきます。その際には必要に応じてデータを図で示し、問題点や対策などの解説を加え、対策の期間を明記するなど、追加・強化される対策に理解が得られる工夫を行うことが必要です。予防策を示す際のポイントは、「①簡潔に、②具体的に、③実行可能な形で、④実施時期を明確に」です。アウトブレイク発生時に日々更新するA4用紙1枚サイズの報告書の見本を示します。

まとめ

 アウトブレイク疫学調査は、発生したアウトブレイクに対して拡大防止のための対策を立てる、再発を防止するなどのアクションのために行うものです。
 そのために大切なことは、
① 記述疫学を実施し、起きているアウトブレイクを「時」「場所」「人」の情報でわかりやすくまとめる。
② 概要をレポートにまとめ、対策を実施するスタッフや人事や費用に関する決定権を有する病院幹部に、現在の状況と必要な対策をタイムリーに共有する。
③ 対策は実施時期、実施方法を明確にする。すぐに着手する対策と中長期的な計画を必要とする対策は明確に分けて説明する。

サマリー

 アウトブレイクは早期発見、早期対応することが感染拡大防止に直結します。
本当にアウトブレイクであることが確認されたら、疫学調査を行い、全体像を客観的に把握することから対応が始まります。
疫学調査は、まず調査したい対象を明確にするために症例定義をつくり、記述疫学により状況を「時」「場所」「人」の3要素で把握します。次に解析疫学により感染源・感染経路に関する危険因子を絞り込むことで、より確実な対策を実施し、さらなる感染拡大を防止します。

参考図書

1. 谷口清州編集、感染症疫学ハンドブック、医学書院
2. Principles of Epidemiology in Public Health Practice Third Edition, CDC US.