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【医療と検査機器・試薬 43巻 4月号】
特集:慶應義塾大学病院臨床検査科リニューアル 「微生物検査室」

慶應義塾大学医学部 臨床検査医学教室 上蓑 義典

医療と検査機器・試薬43巻4月号(2020年4月)


はじめに

 微生物検査室ではこの移転とそれに伴う機器更新、システム更新を千載一遇のチャンスと捉え、全く新しい検査室を作る気持ちで、検査前、検査後過程も含め、病院の微生物検査を徹底的に見直した。非常に長く大変な過程であったが、検査技師一人一人の大活躍により目標を達成することができた。

I.移転前の問題点

 これまでの検査室は、検体を部位別に分け、1人の検査技師が塗抹から感受性の最終報告まで全て担当する職人集団のような構成であった。各工程の進捗はそれぞれの技師に任されており、技師やその部位ごとの検体量によって、検査報告時間や検査の質が決まるため、技師の経験と勘を活かすことはできるものの、非効率的な面も多く存在した。また、検体種や選択する培地・培養時間、報告書が10年以上抜本的に見直されておらず、感染症診療の観点から不要な報告内容や逆にわかりづらい点も存在した。さらに、培地が個々の技師により管理されており、検査室内に培地が山積し、感染管理の面からも問題があった。

II.移転の概要

A.培地処理の自動化・デジタル化を通じた効率化


BD Kiestra™ WCA (手前が培地塗布装置InoqulA,
後方左が培地撮影機能付き孵卵器ReadA Compact)
 欧米の検査室では徐々に取り入れつつあるものの、国内ではほぼ導入実績のない全自動塗布培養装置を取り入れることを通じて、全面的なワークフローの見直しを行った。
 全自動塗布培養装置は、検体からの培地塗布、孵卵器への搬送および孵卵器での培地管理を全てラインにより機械処理するものである。これまで直接目視で確認していたコロニー発育の確認や釣菌の要否は、装置が撮像したデジタル画像に基づき技師が行い、同定や感受性検査などの処理が必要な最小限の培地のみを孵卵器から払い出し処理をするシステムである。Copan社のWASPlabとBD社のBD Kiestra™ WCAの2つが国際的にシェアを争っており、今回我々は実機を使った性能評価と、海外まで含めた視察を通じてBD Kiestra™ WCAの導入を決定し、それを中心とした運用体系を構築した。これは国内病院の微生物検査室では初めての試みである。

培地のデジタル画像を確認し
釣菌作業指示入力を行う技師
 このメリットとしては、機械塗布による培地塗布の標準化と効率化、塗布作業時の病原体曝露リスクの軽減、培地のコンピューターによる一元管理による紛失リスクの低下や、最小限の培地を払い出して用いることによる検査室環境の改善などが挙げられるが、当院にとって最大のメリットは、すべての検体種を同一のフローでチームとして処理することでの効率化である。検体塗布、培地デジタル画像の確認・判断、釣菌作業と同定・感受性測定作業を分業化し、それをタスクとしてコンピューター管理することで、技師が一つの作業に集中してタスク処理することが可能となりパフォーマンスの向上をはかることができた。結果として、従前の検体種別処理に比べ少ない人数で同等の検体量を処理可能となった。もちろん、質量分析装置の導入や感受性検査装置の変更による寄与もあるが、培地デジタル画像の確認・判断という思考過程と、釣菌作業という作業過程を分業化することにより、両者が混在することによる非効率部分の解消がこの効率化にもっとも寄与したと言える。そして、この効率化によって生じた労務のゆとりが休日出勤技師数を増やすことに繋げ、休日の処理検体数を増やし、臨床への貢献をはかっている。 

B.システム更新を契機とした検体種、作業内容、報告書の見直し


検査結果報告画面。
左下のグラム染色画像はクリックすると拡大される。
 同時に検査情報システム(LIS)の更新も行うこととなったため、BD Kiestra™ WCAと連携可能なLISの構築を行った。さらにこれを契機に、不適切検体発生の一因となっていた検体種の見直しを、LISベンダー、病院情報システム(HIS)部門、医事会計部門を巻き込み実施し、医師が直感的に適切なオーダを選択できるように部位別ではなく、採取手技別(採痰、採尿、内視鏡、手術・穿刺など)に検体種を集約した。
 また検体種の見直しを契機に、検体種ごとの培地種類や検査内容、培養時間など医師がその検体種に求める情報を的確に得られるように見直し、必要度の低い情報を得るための培地や検査内容は大幅にカットした。
 さらに、従前はLISでHTMLファイルとして作成した検査報告書をHIS側に送信していたため、検査報告書の記載内容が制限されていたが、HIS側からLISにアクセスし、webブラウザを使って検査報告書を表示することで大幅に画面の自由度が増し、視認性を重視した検査報告書を作成することができた。具体的には、文字サイズの拡大や報告の状態(中間報告か最終報告か)で色調を変え識別性を改善した他、感受性の結果のみをカラー表示するなどの取り組みを行った。また感染症診療の適正化に資するために、グラム染色を所見記載だけでなく、顕微鏡画像も電子カルテで全例閲覧できるようにした他、Selective reportingの採用により、不適切抗菌薬選択の抑止のための試みも盛り込んだ。

C.検査室構造の適正化


抗酸菌検査室手前のインターロック
機能付き扉、前室の奥は陰圧に
設定されている
 今回、移転を伴うリニューアルであったため、検査室の構造についてもバイオセーフティー規則やISOの要求により忠実に答えられるように図面決定から関与した。抗酸菌検査室について、前室やパスボックスなどを備えた陰圧室を整備し、差圧計などによりそのモニタリングも容易となるようにした。一般細菌部門についてはワンフロア化し、事務スペースや洗浄室などの領域を削減するとともに、検査に使用可能なスペース特に遺伝子検査部門の拡張にも対応できるゆとりを持った構造を作成した。自動扉の使用やゴミ運搬動線の改善など、要員の感染曝露を最小化できるように、設計部門と協議を重ね構造を決定した。

III.自動化を通じてわかった「人」の大事さ

 今回、導入機器や試薬もすべて各社均等にできるだけ試して性能を評価し決定するというプロセスを行ったため、移転の準備段階から技師にはかなりの負担が生じた。自動化の必要性を病院上層部に理解していただくための資料作成等、予算承認までの道のりもかなり大変であった。設計での検討やシステムの見直し作業、移転作業など慣れないことの連続にも関わらず、着実にこなし、実稼働までこぎつけたのはひとえに一人一人の技師の懸命の努力と検査部長・技師長のあたたかい支援の賜物である。
 移転し、稼働を始め安定して運用が行えるようになるまでは毎日胃が痛くなる日々であったが、結果として、現在スムーズに効率的に検査が行えている姿を見ると、微生物検査室の自動化という未知への挑戦であったにも関わらず想定以上にうまくいったと個人的には思っている。しかし、この自動化の成功は、先ほど述べたようにスタッフのポテンシャルの高さに恵まれたということに加えて、機器メーカーとシステムベンターの担当者に本当に恵まれたからというのが最大の理由であろう。この場を借りて、我々の再三の無理なお願いにも徹底的に付き合ってくださった日本BD社の営業スタッフおよび技術者の方々、シスメックスCNA社のシステムエンジニアの方々をはじめ、導入の有無に関わらずすべての関わってくださったメーカー、スタッフの方々にお礼を申し上げたい。
 結局、自動化の導入の成否を決めるのは「人」であり、人に恵まれなければ自動化は成功しない。そう痛感させられた検査室のリニューアルであった。プロジェクト開始から1年半、ほんとうに大変だったが結果として取り組んでよかった。