医療関係者向けのページです

【Medical Tribune 特別企画】インタビューVol.2
インタビュー 微生物検査の迅速化はAMR対策アクションプランに寄与するか?

転載国立国際医療研究センター国際感染症センターセンター長 大曲 貴夫 氏
2016.12.19 | Medical Tribuneウェブサイトより
大曲 貴夫 氏
 近年、質量分析機器の導入による微生物検査の迅速化が進み、早期に薬剤感受性の判定が可能な迅速感受性機器の導入施設も増えている。2015年の世界保健機関(WHO)総会で薬剤耐性(AMR)に対する国際行動計画が採択されたことを受け、わが国でも2016年4月にAMR対策アクションプランが策定された。そこで、微生物検査の迅速化と、迅速化がAMR対策アクションプランにもたらす影響について、国立国際医療研究センター国際感染症研究センターセンター長の大曲貴夫氏にお話を伺った。

多くの医師が微生物検査の迅速化を歓迎

—メディカルトリビューンの医師会員向けのアンケートの結果、「微生物検査結果の報告が早くなることによるメリットはあるか」との問いに対して、9割以上の医師が診療上の「メリットがある」と回答しています(図1)。

図1. 微生物検査の迅速化により得られるメリットについて(メディカルトリビューンアンケート結果)
図1. 微生物検査の迅速化により得られるメリットについて(メディカルトリビューンアンケート結果)
大曲 特に重症例を診ている救急医療、集中治療室(ICU)の先生方で「メリットがある」と答えている率が高いですね。先般、日本集中治療医学会で微生物検査に関する講演を行いましたが、先生方の関心度は非常に高かったです。

—現状では、多くの微生物検査室では検査結果が得られるまでに4〜5日程度の期間を要しています。感染症医のお立場からどのようにお考えでしょうか。

大曲 微生物検査室では検体が届いた瞬間から常に新しい情報が更新されていきます。検査室はそれらの情報を常に臨床に伝え、臨床医はその情報を基に適切な診療を行うことで、患者さんの予後の改善につながります。
 しかし、中間報告はあくまで最終結果の方向性を示す情報にすぎません。原因微生物の「同定」ではなく「分類」にすぎないなど、少なからず不確実性が含まれています。臨床医がその情報を適切に判断できず、適切な治療が行われなかった場合、検査室に対して「誤った情報をもたらした」と不信感を抱くことになります。その結果、検査室は途中結果を伝えることをやめて最終結果しか伝えなくなり、適切な治療の導入が遅延してしまいます。

—臨床と検査のギャップを埋めて微生物検査の迅速化を進めるためにはどのようにすればよいでしょうか。

大曲 検査室はより早期からできるだけ精度の高い検査結果を臨床に知らせることに努め、臨床医はその情報の不確実性を踏まえた上で適切に判断し、自身の責任において治療方針を決めることが重要です。私はこの点を10年以上前から指摘していますが、このような取り組みを評価する仕組みがなかったこともあり、あまり進んできませんでした。したがって、こうした取り組みにより医療の質の向上に対し、なんらかのインセンティブが得られるような仕組みを整える必要があると思います。
 また近年、新世代の微生物検査機器(微生物同定機器、感受性機器)が登場し、従来の検査方法と比べて検査の迅速化が加速しています(図2)。こうした機器を使用して微生物検査の期間が短縮したり、治療期間や入院期間が短縮したことに対しても、適切な診療報酬体系を整備していく必要があると考えています。
図2. 迅速化した微生物検査のタイムライン
図2. 迅速化した微生物検査のタイムライン

微生物検査の迅速化はAMR対策アクションプランに貢献

—微生物検査の迅速化はAMR対策アクションプランに寄与するでしょうか。

大曲 大きく影響を及ぼすと思います。原因微生物や薬剤感受性が不明な段階では広域なスペクトラムを有する抗菌薬を使用せざるをえませんが、そうした治療を継続することは耐性菌の出現リスクを高めます。しかし、微生物検査の迅速化により早期からde-escalation*が可能になれば、耐性菌の出現を抑制することにつながります。
 突き詰めていけば、AMR対策というのは抗菌薬を適正に使用して、感染症の患者さんを適切に治療するということです(図3)。早期に原因微生物を同定して薬剤感受性が判明すれば、早期から適切な薬剤を使用できるため、患者さんの予後が改善する可能性は高くなると思います。
図3. 抗菌薬適正使用のための介入ポイント(提供:大曲貴夫氏)
図3. 抗菌薬適正使用のための介入ポイント(提供:大曲貴夫氏)

—今後、AMR対策はどのように進展していくとお考えですか。

大曲 微生物検査の迅速化により、薬剤の処方を適正化して耐性菌を抑制し、かつ、治療期間や入院期間を減らして医療経済に貢献する、というような疫学データを積み重ね、それをエビデンスとして適切な診療報酬が得られるようになれば、微生物検査はさらに普及していくと考えています。また、ご多忙な一般医家の先生方に対し、迅速に微生物検査を行える環境をどのようにして整備していくかがAMR対策の鍵になると感じています。そのためには、簡便に行うことができる迅速検査の開発に期待しています。
*de-escalation:最初にスペクトラムが広い抗菌薬を使用し、検査結果を受けてスペクトラムが狭い抗菌薬に変更したり不要な抗菌薬を中止することで、抗菌薬の使用を段階的に縮小して適正化する治療方法