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特集:多剤耐性緑膿菌(MDRP)の感染対策

2005年11月発行
掲載内容は、情報誌「Ignazzo(イグナッソ)」発行時点の情報です。

大阪大学医学部附属病院 感染制御部  
助教授 朝野 和典


  ※スライドはすべて本誌付録CD-ROMに収められており、勉強会などでご活用いただくことができます。

緑膿菌の病院内での生態と感染病態

 院内における食事はすべて加熱調理してあり、免疫の低下した患者病室への生花の持ち込みも禁忌である。
緑膿菌に易感染性の病態は次のようなものである。
緑膿菌の感染経路には、外因性感染と内因性感染がある。

 外因性感染は医療従事者の手指や医療器具を介するが、2000年から2001年にかけて米国で発生した日本製の軟性気管支鏡による緑膿菌およびセラチア菌の集団感染(outbreak)事例が記憶に新しい。これは生検鉗子孔の緩やかなキャップ(溝)構造のために、鉗子孔とキャップの溝部分の機械的洗浄が不十分となり緑膿菌のバイオフィルムが形成され緑膿菌の温床となったものである。1、2)

 内因性感染については、不適切かつ長期の抗菌薬投与による常在細菌叢の破壊(菌交代)と薬剤耐性緑膿菌株の選択・増殖が問題になる。米国のHarrisらは、シプロフロキサシンCPFX+イミペネムIPM+セフタジジムCAZ+ピペラシリンPIPCの4剤に対する耐性緑膿菌分離症例22名(うち感染症例19名)を検討して報告している。PFGEパターンを確認して、遺伝子的に同一の緑膿菌が、抗緑膿菌抗菌薬投与により段階的に発生することを示している3)。当初薬剤感受性緑膿菌が分離されていた16名では、多量の抗緑膿菌抗菌薬の投与に伴い平均20日の経過で耐性緑膿菌株に変化した。
 緑膿菌の感染対策では、外因性感染と内因性感染の両方の感染経路から感染リスク因子を検討する必要がある。

多剤耐性緑膿菌4)

 緑膿菌は本来多種の抗菌薬に対して耐性を示すが、キノロン系薬(シプロフロキサシンCPFXなど)、カルバペネム系薬(イミペネムIPMやメロペネムMEPM)や抗緑膿菌用のアミノグルコシド系薬(アミカシンAMKなど)の3系統の薬剤は緑膿菌に対して抗菌活性を有する薬剤である。

 1980年代後半以後にこれら3系統の抗緑膿菌薬剤に同時に耐性(感受性の喪失)を示す緑膿菌株が増加し、「多剤耐性緑膿菌」(multiple-drug-resistant Pseudomonas aeruginosa:MDRP)と呼ばれるようになった。

 日本(院内感染対策サーベイランス事業: JANIS)の2000年の血液分離緑膿菌株の報告では、キノロン系薬やカルバペネム系薬に対して各20%の、アミノグルコシド(AG)系薬に対して5%の耐性(あるいは中等度感受性)株の存在が示されており、これら3系統の抗緑膿菌抗菌薬に耐性を獲得したMDRP株の分離率は1〜数%と推定されている。
 1999年より施行された「感染症新法」で、このMDRPによる薬剤耐性緑膿菌感染症が4類の定点把握疾患に指定された。

 2001年の報告件数は、1定点施設で月あたり約0.1件、全国で毎月平均約50件、年間総報告数約600件とMRSA感染症やVRE感染症に比べて低い値だが、敗血症や腹膜炎などを起こした場合の確立した治療法が無く、患者の予後や死亡率を悪化させる主要な要因の一つとして警戒されている。
  
 なお、感染症新法は2003年に「感染症法」として改正が行われ、薬剤耐性緑膿菌感染症は5類の定点把握疾患とされた。
1)内因性の耐性獲得機構(特定の抗菌薬の長期使用により、細菌が本来持つ内在性の遺伝子が変化し、耐性を獲得するもの)
 1. AmpC型β-ラクタマーゼなどの抗菌薬分解酵素の過剰産生:広域セフェム系耐性
 2. DNAジャイレース、トポイソメラーゼなどの抗菌薬標的蛋白の変異: キノロン系耐性
 3. D2ポーリンの減少など細菌外膜の抗菌薬透過性の低下や変化: イミペネム耐性
 4. 薬剤排出ポンプの機能亢進:キノロン系、消毒薬耐性
 5. アルギン酸莢膜多糖を主成分とするバイオフィルム産生の増加

2)獲得性の耐性機構(耐性遺伝子を含む伝達性のR-プラスミドを耐性菌株から獲得して、細菌が耐性化するもの)
 1. IMP-型メタロ-β-ラクタマーゼの産生:広 域セフェム系薬、カルバペネム系耐性
 2. アミノグルコシド(AG)アセチル化酵素(修飾不活化酵素)の産生: AG系耐性

上記のD2ポーリン減少とIMP-型メタロ-β-ラクタマーゼ産生を併せもつ株はIMPに対して高度耐性を示し、院内感染対策の点から警戒されている。

多剤耐性緑膿菌の感染リスク因子

 仏国のDefezらは大学病院での12ヶ月間のMDRP感染症例80名、薬剤感受性緑膿菌感染症例75名、対照入院症例240名の比較対照研究により、MDRP院内感染のリスク因子を検討している5)。多因子解析による緑膿菌感染全症例に対するMDRP院内感染のリスク因子は7日前までのキノロン系薬の投与歴(OR*=4.7)であり、手術症例では逆にMDRP院内感染が少なかった(OR=0.5)(表1)。

 このことから、抗菌薬の適正な使用を行うことが感染リスクを低くするものと考えられる。適正な使用とは、広域な抗菌薬の選択を避け、不必要な抗菌薬の投与を行わないことを原則とする。

 中国のCaoらも北京大学病院での4年間のMDRP感染症例44名、薬剤感受性緑膿菌感染症例68名の比較対照研究により、MDRP院内感染のリスク因子を検討している6)(表2)。

 彼らの報告では、MDRP感染症例44名のうち20名がMDRP感染症自体で死亡しており、抗菌薬投与に伴う薬剤耐性化の早期の発見と、適正な抗菌薬の選択による耐性化進行(MDRP化)の予防を強調している。

多剤耐性緑膿菌感染症患者の予後因子

 前述のCaoらの多因子解析によるMDRP感染患者の臨床予後予測因子は、人工呼吸器管理(OR=12.8)と治療過程でMDRPの耐性パターンが回復しないこと(OR=26.5)であった(表3)7)。すなわちMDRP感染症が軽快した20名のうち13名でMDRPの薬剤耐性パターンが1〜30日間(平均11日間)の経過で回復し、感受性の回復した抗菌薬の投与で軽快した(他の7名は抗緑膿菌抗菌薬の併用あるいは外科的切除で軽快した)。一方、MDRP感染症自体で死亡した20名のうち17名で耐性パターンの変化を認めなかった。

 薬剤耐性パターンの回復には抗菌薬の中止が必要であり、不必要な抗菌薬の投与を中止すべきである。

アウトブレイク対応

 緑膿菌耐性化の内因性誘導を阻止するためには、緑膿菌が検出された患者の薬剤感受性検査結果をモニタリングして、適宜抗菌薬の投与状況を確認するなどの介入が必要である。

 また、アウトブレイク兆候を早期に発見するためには、継続的なサーベイランスを実施し、MDRPの検出動向を常に把握しておくことが不可欠である。MDRPの場合、同一部署で複数例の検出があれば、ただちに介入を実施すべきである。
  
 この場合、緑膿菌による院内感染はこれまで述べてきたように、接触感染や医療器具を介した感染である場合が多く、とくに湿潤な環境や器具に絞って、原因の調査を開始する。

おわりに

 緑膿菌の外因性感染予防の基本は標準予防策の徹底と、医療器具の適正使用や衛生管理、および消毒薬の適正使用である。また内因性感染予防の基本は抗菌薬の適正使用、すなわち「緑膿菌感染症に限定した、薬剤耐性菌の選択・増殖を許さない短期強力型の抗菌薬治療」である。感染リスク因子および臨床結果予測因子を評価した上で医療機関全体での両者の遵守が望まれる。


参考文献
1) Kirschke DL, Jones TF, Craig AS, et al.: Pseudomonas aeruginosa and Serratia marcescens Contamination Associated with aManufacturing Defect in Bronchoscopes. N Engl J Med;348:214-220.2003
2) Srinivasan A, Wolfenden , Song X, et al.: An Outbreak of Pseudomonas aeruginosa Infections Associated with Flexible Bronchoscopes. N Engl J Med;348:221-227.2003
3) Harris A, Torres-Viera C, Venkeataraman L, et al.: Epidemiology and clinical outcome of patients with multiresistant Pseudomonas aeruginosa.Clin Infect Dis; 28: 1128-1133.1999
4) IDWR(感染症発生動向調査週報)ホームページ 感染症の話 2002年第17週号(http://idsc.nih.go.jp/idwr/index.htm)l
5) Defez C, Fabbro-Peray P, Bouziges N, et al.: Risk factors for multidrugresistant Pseudomonas aeruginosa nosocomial infection. J Hosp Infect; 57: 209-216.2004
6) Cao B, Wang H, Sun H, et al.: Risk factors and clinical outcomes of nosocomial multi-drug resistant Pseudomonas aeruginosa infections. J Hosp Infect; 57: 112-118.2004


OR(odds ratio: オッズ比)
ある条件(因子)に当てはまる群が、その条件に当てはまらない群に比べて、ある結果(疾患など)を来たす可能性が何倍高いかを示す。つまり、オッズ比が高いほど、その条件と結果の因果関係が強いといえる。