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I's eye: 進化するMRSA

市中感染型MRSA(Community acquired MRSA : C-MRSA)
2006年10月発行
掲載内容は、情報誌「Ignazzo(イグナッソ)」発行時点の情報です。

今回は、新たな市中感染菌として関係者の耳目を集めつつある、市中感染型MRSA(Community acquired MRSA : C-MRSA)についてお話しします。
 黄色ブドウ球菌(Staphylococcus aureus : S.aureus)はヒトの髪の毛、皮膚や鼻腔(鼻の粘膜)などから検出されるありふれたグラム陽性の球菌で、健常者であれば検出されても特に問題ではありません。
 一方、S.aureusは院内環境に適応力を持つ耐性菌としても知られ、その代表的なものが、ペニシリンやセファロスポリンなどの、β-ラクタム系と呼ばれる抗菌薬のほとんどに耐性を示す株であるMRSA (Methicillin-Resistant Staphylococcus aureus)です。
 S.aureusは細胞壁(ペプチドグリカン)の合成を担いβ-ラクタム系抗菌薬と親和性の高い酵素、別名PBP(Penicillin Binding Protein: 1〜4の4種類)を持っています。そしてmecAと名付けられた遺伝子を獲得してMRSA化すると、さらにmecA遺伝子に担われるPBP2’(ヨーロッパではPBP2a)といわれる成分が発現します。
 PBP2’はβ-ラクタム系抗菌薬に親和性が低いため、たとえβ-ラクタム系抗菌薬が存在しても細胞壁の合成が行われ、菌は生き残ることになります。1)
 MRSAは1961年の報告2)以来、世界中の医療施設で確認され、院内感染菌として恐れられて来ました。
 ところで、MRSAは院内環境への適応に優れる反面、耐性化への選択圧の乏しい市中では、耐性を獲得していないS. aureus(Methicillin-
Susceptible Staphylococcus aureus : MSSA)に駆逐され、存在しな
いであろうといわれて来ました。
 ところが、1981年に初めて市中で感染を起こすMRSAが米国で確認され3) 、さらに世界中で同様のMRSAの報告が続くようになって、現在では院内感染型(Hospital acquired MRSA : H-MRSA)と市中感染型(C-MRSA)を分けて考えるようになりました。
 両型共にmecA遺伝子を有するMRSAに違いはありませんが、感染のリスク因子は大きく異なることが見て取れ、C-MRSAにはHMRSA感染のリスク因子が該当しないので、分けて考えなければならなくなった訳です。
現在、以下のようなリスク因子/環境が提示されています。4)
印象として、濃厚な接触のある環境で、かつ往々にして、あまり清潔でない状況が推定されます。また一般的な特徴は以下のごとくです。5)
  C-MRSAはmecAを含み、MRSAを特徴付ける遺伝子群のSCCmecにはIW(IWa)型が多いこと、また重篤化の原因物質と考えられるPantone Valentine Leukocidine(PVL)を持つ株が多いことなど、ある程度の共通項も見られます。しかし、遺伝学的性状や抗菌薬に対する色々な耐性パターンの大陸間差が大きいことなどから、多くのクローンの存在が想定されています。事実、国内で検出されるC-MRSAのほとんどは、PVLを産生しないようです。
 多くのクローンが存在するということは、耐性度も含めて、多様性の高さを示していることにほかなりません。
 幸いにして国内で流行の報告はありませんが、多様なクローンに対応すべく十分な監視を行い、また万が一の場合に無用な混乱を避けるため、標準的な治療方法を定めておくことも重要であると考えます。

参考文献

1)渡邊治雄編
 細菌感染の分子医学, 羊土社

2)Jevons, M.P.
 “Celbenin”-resistant staphylococci. British Medical Journal I :124-125, 1961

3)CDC
 Community-acquired methicillin-resistant
 Staphylococcus aureus infections—Michigan. Morb
 Mortal Wkly Rep 30 : 185—187, 1981

4)山本達男 et al.
 Panton-Valentinロeイコシジン陽性の市中感染型黄色ブドウ球菌の出現1,
 日本化学療法学会雑誌52(11) : 635-652, 2004

5)伊藤輝代 et al.
 市中感染型MRSAの遺伝子構造と診断(最近の知見),
 感染症学雑誌78(6) : 459-469, 2004                                                  


(文責: 日本BD 武沢敏行)