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特集:効果的感染対策教育について

2006年10月発行
掲載内容は、情報誌「Ignazzo(イグナッソ)」発行時点の情報です。


2006年10月

来日したWilliam Jarvis先生が熱く語りました。

米国CDCで長年にわたり感染対策に取り組んできたWilliam Jarvis先生が2月に来日し、第21回日本環境感染学会学術集会などで、感染対策に関連したさまざまな講演を行い、多くの医療従事者と活発な討議がなされました。 学会初日の2月24日に開かれたシンポジウム「院内における感染対策教育のあり方」(座長:賀来満夫先生東北大学大学院医学系研究科内科病態学講座感染制御・検査診断学分野教授、高野八百子先生慶應義塾大学病院感染対策専任看護師)では、Jarvis先生の基調講演「2006年 中心静脈カテーテル関連血流感染の予防と管理」のほか、看護師を対象にした感染教育の実際、感染教育における感染管理認定看護師の役割、ICTによる教育の重要性、院長以下全職員を対象にした教育システムの導入、そして研修医への感染対策教育、について5人の先生方がそれぞれの立場で発表したあと活発なディスカッションが行われました。

2006年 中心静脈カテーテル関連血流感染の予防と管理

Jason and Jarvis Associates,
William R .Jarvis 先生

●中心静脈カテーテル関連血流感染による医療費増は年間23億ドルにも

 Jarvis先生は、中心静脈カテーテル関連血流感染(以下:CVC-BSI)の予防に関する米国CDC(疾病管理予防センター)のガイドラインを示しながら、実践的に血流感染を減らすための感染対策教育の効果と課題を、さまざまなデータを解説しながら指摘しました。
 まず米国におけるCVC-BSIの現状について、血流感染による死亡率は10〜40%、またカテーテル留置に伴う血流感染による死亡率は、その他の基礎疾患による死亡率を除くと2〜15%に達し、それに伴う入院期間の延長に係わる費用は3万4000ドル〜5万6000ドル増加すると報告しました。さらに CVCBSIは米国のICU患者で毎年8万件以上発生し、それに伴う追加的医療費は2億9600万ドルから23億ドルに達し、CVC-BSIの医療経済上のインパクトの大きさを示しました。
 この深刻なCVC-BSIに関して、CDCのカテーテル関連血流感染対策のガイドラインに基づいて教育と感染対策が実施されている現状を紹介しました。ガイドラインには、カテーテルをあつかう前の手指衛生、挿入前のクロルヘキシジン皮膚消毒、挿入時のマキシマルバリアプリコーション、局所感染防止のための穿刺部クロルヘキシジンパッチの使用、そしてIVチームなどスタッフの教育訓練が盛り込まれています。Jarvis先生は、ガイドラインに示される科学的根拠をもつ感染対策の遵守が、CVC-BSIの減少をもたらすことを強調しました。
(さらに討議では、CDCガイドラインは公表されるまで2年以上かかることもあるため、最新の質の高い科学的根拠に基づいて、感染を実際に減らす対策を実践することの重要性も指摘されました)

●インターンへの3時間の研修で感染発生率が減少

 CVC-BSIにおける教育の重要性について、感染対策教育が効果を示した事例として、インターン(研修医)に対する3時間の教育によって感染発生率が減少し、18カ月間で80万ドルの経費を削減したという米国の大学が報告した研究結果について解説しました。毎年新人インターンが配属される6月に血流感染が増加することに着目し、研修医に対して、感染対策、採血方法などの手技、カテーテル挿入に関するガイドラインについて合計3時間の感染対策教育を実施した結果、感染予防とそれに伴うコスト削減を達成したことを報告されました。
 この「感染対策教育に基づいたCVC-BSI予防」は大変重要であり、他の国でも効果があることを示す例として、感染対策教育実施9カ月後に血流感染、臨床的敗血症、菌血症、局所感染のすべてが有意差(p<0.5)をもって減少したスイスの事例とデータを紹介しました。さらに、スイスのこの報告以降、毎年同様の感染対策教育を継続することによって、感染率が増加することなく効果が維持することを示しました。

 また、病棟医とIVチームに対する教育効果に関する研究によって、「IVチームに対する教育によりBSIは10分の1になった」と説明し、「病院の職員全員を教育の対象にするよりも、IVチームなど専門の人に絞って教育する方がコストを含めて効果がある」との見解も示しました。
 しかし、こうした教育効果に関する報告の一方、最近米国で問題になっているメカニカルバルブによる感染では、教育プログラムを実践しても使用する閉鎖式輸液システムの種類によっては効果が表れない現状や、「教育プログラムが実施されている病院でも31%の看護師がバルブの消毒をしていなかった」との研究報告から「教育しても、教育しても、教育しても、結局身に付けていなかった」と述べ、医療従事者に対する感染対策教育の困難さを指摘しました。

●医療従事者の意識改革が最大の課題

 シンポジウム後のディスカッションで発言を求められたJarvis先生は、「20年以上CDCで感染対策に取り組んできたが、教育はフラストレーションがたまる」と述べ、医師をはじめとした医療従事者にガイドラインの遵守などを徹底させることの難しさを訴えました。「例えば私が、手術衣やサージカルマスク、シューズが創感染を減らすという科学的根拠がないので普段の格好で手術室に入ろうとしても、厳しく制限され、まず入室はできない。一方、手指衛生に対するコンプライアンスは特に医師では低く、感染予防効果があるにもかかわらず手指衛生を遵守しない多くの医療従事者が日々医療を行っている、というナンセンスなことが起きている」と感染対策に対する医療従事者自身の意識改革の必要性を強調されました。

院内における感染対策教育のあり方−リンクナースと看護職員に焦点を当てて

看護部看護ケア推進室 感染管理認定看護師
柴谷涼子 先生

●大阪厚生年金病院スタッフナースを対象にした感染管理コース実施で成果


  柴谷先生は看護ケア推進室に属する専任ICNとして、感染予防策実践を推
進するために、リンクナースや看護職員に対しどのように教育的にかかわっているかを具体的に講演されました。
 まず、2004年度のICNの年間の活動をみると、サーベイランス(30%)に次いで教育(13%)に力を注いでいることと示されました。教育の実際に関しては、出席率が低く受講者の知識レベルや職場の特性にもばらつきがある集合教育だけでは効果的な感染対策を実現するには限界があることから、感染対策の要となるリンクナースを育成し状況に即したOJT(現場教育)を可能にすることの重要性を強調されました。
 
 リンクナースに期待される役割としては、

・感染対策マニュアルにのっとった感染予防策が実践できるようスタッフを指導する
・ICCおよびICTにおける決定事項を周知徹底する
・所属部署の感染管理にかかわる問題点を発見し、ICNと相談しながら対処する
・リンクドクターと協力して感染制御活動を推進する

があげられ、リンクナースを養成するために実施している、リンクナース予備軍であるスタッフナースを対象とした「感染管理コース」の実施とコース終了後に行うフォローアップ面接による教育効果について具体的に報告されました。
 2002年度から開講した「感染管理コース」は、看護部教育委員会が主催しICNが担当する年8回コースで、「所属部署において役割モデルとなり、感染管理活動を実践推進できる人材育成」を目的とし、クリニカルラダーレベル3以上の希望者を対象に毎年15名前後が受講します(表1参照)。
 柴谷先生は、これまでのコースの実践と評価からリンクナースおよびスタッフナースへの効果と課題を明確にし、課題に対する取り組みとして、ケーススタディの実施とスタッフナースに対するコース終了後のフォローアップ面接の実施を紹介されました。すべてスタッフナース(12名)が受講した05年度の感染管理コースでは、ケーススタディとしてインフルエンザ発生時の対応を盛り込む実践的な内容とし、コース終了後にリンクナースも同席した面接の結果、スタッフナースのモチベーションアップが図られ、次の3つの取り組みの成果が示されました。

 (1) 集合教育に加えてOJTが効果的である
 (2) ICNによるフォローアップ面接の効果
 (3) 学習の成果を現場活用できる

 最後に、リンクナースの相談者としてもICNがタイミングよく教育的役割を遂行できるための専任化や、時間の確保など組織的対応が不可欠との認識が強調されました。看護職の感染対策の資質向上が医師をはじめとした医療スタッフに与える影響の大きさを指摘し「結果としてチーム活動の活性化につながる」と述べられました。

データからみる感染対策を推進する院内教育の課題

日本看護協会 認定部 
洪 愛子 先生

●安全器材による針刺し・切創が増加、しかし教育訓練の標準化でゼロに!


 洪愛子先生は、安全器材使用における針刺し・切創に関するデータから、これらを防止するための効果的な教育プログラム実施の効果を示し、感染管理認定看護師が感染対策教育で果たすべき役割の重要性について講演されました。

 まず、1996年〜2001年におけるエイズ拠点病院と、03年と04年における日本感染管理ネットワークを通じて収集された38病院の、それぞれのエピネット日本版を活用したデータを比較し、安全器材による針刺し・切創が増加していること、さらに03年は188件、04年で213件と増加し、針刺し・切創全体の13%が安全器材で発生しており、その58%を翼状針が占めるという実態を示されました。

 発生状況では、リキャップ・器材の分解・使用後から廃棄まで・放置使用済み器材による針刺しが、安全器材全体の53%を占め、本来は実施されないはずの安全器材へのリキャップ時の針刺しなど誤った使い方に起因している実態が示されました。

 また、04年のデータでは針刺し時の安全器材の作動状況が「作動なし」が55.3%、「一部作動」が31.7%、「完全に作動」(6.8%)でも針刺しが発生し、適切な安全器材の作動ができずに針刺しが発生していることから、安全器材の教育訓練を見直す必要性を強調しました(図1参照)。

 次に、安全器材に関する医師、看護師への教育と訓練の実施状況について調べた27病院のデータが報告され、継続研修により、医師では針刺しが5割減少し、看護師でも減少が確認されたと教育訓練の効果を示しながら、報告に対する適切なアセスメントとサーベイランス担当者による確認、教育へのフィードバックの重要性を指摘されました(図2参照)。

 最後に、感染管理認定看護師247人へのアンケートで、感染管理認定看護師が優先する業務として「部位特異的サーベイランスの実践」「基本的な予防策の周知徹底」とともに、「感染管理教育プログラムの立案、実施、評価」があげられており、「感染管理認定看護師の業務のなかで教育は20%強のウエートを占めている」として、針刺し・切創予防のための教育訓練に感染管理認定看護師が積極的に関与する意義を強調されまオた。

ICTによる感染対策の教育と啓発について

東北大学病院検査部感染管理室  
國島広之 先生

●職種の特長を生かした感染管理の重要性


 國島先生は「ICTによる感染対策の教育と啓発について」をテーマに感染管
理においてチームとして職種の枠を超えて活動していくことの重要性と、職種の特徴を生かしたICT活動の成果について講演されました。

このうち、看護師による教育活動において手洗いのコンプライアンス向上をSHEA(米国病院疫学学会)等の推奨するアクティブサーベイランスを実施することで、手洗いの遵守率が改善した例を公表しました。

また、感染制御のキーポイントとして院内感染のアウトブレイク事例の3大理由である(1)患者処置時における手洗いの励行(2)薬液調剤時における交差感染防止(3)汚物処理時における交差感染防止、の中の(2)において薬剤師に関する教育の成果について同病院のICUでの成果を発表しました。

その他、國島先生は、検査技師が行う喀痰の品質確保に関する教育による品質改善、ICDが行う感染対策のポイントを踏まえた卒前・卒後教育による確実な感染症診断の実施等、これらICTが行う教育啓発は着実に効果を上げつつあるとし、さらに今後は施設を超えた教育活動が必要であるとも指摘されました。

コンピテンシーシステムの必要性

特定非営利活動法人日本感染管理支援協会 
土井英史 先生

●コンピテンシーシステム導入による感染対策の提案


「コンピテンシーシステムの必要性」をテーマに講演した土井英史先生は、本来医療関連感染は医療従事者全員の責任であるとし、また医療従事者が判断を誤らないための最低限の情報と知識の共有が必要であるということから、コンピテンシーシステム導入による問題解決を提案しました。(*コンピテンシーとは感染対策を適切に遂行する能力であり、医療に携わるもの全員が必要とするものである)
 土井先生は感染対策上の問題点を次のように指摘されました。

 そしてこれらの問題点を解決する方法のひとつとしてコンピテンシーをシステム化することを提案されました。

土井先生は「従事者の自主性に任せることには限界があり、弊害も出てきます。研修会を開いても出席しない人はいつまでも出席しません。この問題を解決するシステムを組まなければいけません」と語り、また「情報と知識がなければ、判断を誤ります。まず情報と知識を強制的にでもしっかり与えて、そこから枝葉を出していくことが重要です」とし、感染対策を実践する上で、従事者全員が必要最低限の知識を身に付けているかどうかがカギを握ることを強調されました。

研修医に対する感染対策教育

獨協医科大学微生物講座 増田道明 先生

●研修開始直後の感染対策講習の効果

 「研修医に対する感染対策教育」をテーマに講演した獨協医科大学微生物講座の増田道明先生は、2005年度に新規採用の大学病院研修医51人(うち歯科医師4人)を対象に行った感染対策講習の事例を紹介し、卒後臨床研修開始時における感染対策教育の意義について考察されました。
 感染対策講習は以下の順序で実施しました。
 (1)講習実施前にプレアンケートによる感染対策能力の自己評価
  ( 10項目、5段 階評価)
 (2)講義および実習(約3時間)
 (3)講習終了直後にポストアンケート(プレアンケートと同じ内容)による自己評価
 (4)9カ月後に同様のアンケートによる自己評価

 アンケートの内容および結果は右記の通りです。

 プレアンケートによる自己評価の結果からは、研修医の自信の無さや能力的な問題が感じられました。一方、感染対策の意義や各種感染予防策、院内感染対策マニュアル等に関する講義を受講し、実習では手洗い・手指消毒、ガウンテクニック、N95マスクの着脱法などの正しい技法を体験、あるいは再確認する機会を得たことによって、感染対策に関する知識や実践能力に係わる自己評価が有意に上昇しました。
 また9カ月後に同様のアンケート調査を行ったところ、回収率がやや低かったものの(約20%)、標準予防策、感染経路別予防策、手洗い・手指消毒に関する講習効果は持続していると思われました。しかし一方で9カ月後に自己評価が明らかに低下した項目もあり、研修時の経験頻度が低いことに起因するとも思われ、再教育の必要性が示唆されました。研修開始直後の感染対策講習について、増田先生は「研修医が感染対策に関心を持つことができ、臨床現場で経験頻度の多い項目については、継続的な効果も見られた」とその意義を語りました。また、講習を実施する上で、実施方法や時期、評価法を検討する必要性も指摘し、指導に際しては、今回の例のように院内の各職種(医師、看護師、検査技師、事務職員等)が連携して担当することが望ましいと提案されました。

図の説明:手洗い・手指消毒実習の際に、手洗い前、手洗い後、消毒後に指先を普通寒天培地上にスタンプした結果を示します。手洗い・手指消毒の効果が表れている者がいる一方、効果が明らかでない者やエタノール耐性の芽胞形成菌が常在していると思われるケースもありました。