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特集:結核院内感染防止について

2008年6月発行
掲載内容は、情報誌「Ignazzo(イグナッソ)」発行時点の情報です。

2008年6月

和田 雅子
結核研究所研究部主幹

73年9月 北海道大学医学部卒業、
87年1月 結核研究所第2研究部第1臨床研科長、複十字病院病歴管理室長を併任、
99年4月 結核研究所疫学部部長、
2003年4月 同研究所研究部主幹、
現在に至る。

(1) 診断と治療

結核の感染伝播は、診断の遅れから起こるものである。
咳や痰などが2〜3週間以上続く患者、胸部X線上陰影がある者、食思不振や体重減少、不明熱などを訴える患者に対しては、結核を疑い喀痰検査、気管支肺胞洗浄液、尿検査、その他罹患臓器の生検材料の抗酸菌検査が必要である。

(2)抗酸菌検査の種類と意義1)2)

2.1 塗抹検査

表1
これは迅速に抗酸菌が検体に含まれているかどうかを調べる検査で、最も迅速に結果がわかり、患者の感染性を予知するために重要な検査である。 蛍光法とチールネールゼン法などがある。
一般的には見逃しを少なくするために蛍光法が薦められているが、菌数が少ない場合にはチールネールゼン法で確認することを推奨している。
コンスタントに陽性結果が得られるのは菌数が105−106/ml以上含まれている必要がある。また塗抹検査の陽性率を改善するために集菌塗抹法が薦められている。
結果の記載法であるが、日本では伝統的にガフキー号数で示していたが、国際的基準に合わせ、表1に示すように報告することが薦められている。

2.2 培養法

培養は同定検査、薬剤感受性検査のために必須である。
液体培地は卵培地に比較すると、検出感度も高く、発育日数も短く優れている。
菌株によって卵培地に発育するが、液体培地に発育しない菌株も少数ながら存在するので、2方法で培養することが薦められている。
喀痰処理は、喀痰などの汚染材料を消化・均等化し、混在する抗酸菌以外の細菌や真菌などを殺して抗酸菌のみを選択的に培養することを目的に行われる。

表2に培地の種類と名前、特徴を示した。
日本で多く使われているMGITシステムは溶存酸素に鋭敏なセンサーを用いた非放射性抗酸菌迅速検出システムである。
菌が発育するとオレンジ色の蛍光が観察される。いずれの培養法でも培地の一部を採取し、抗酸菌染色を行い、抗酸菌であることを確認をする必要がある。
表2

2.3 抗酸菌の同定

抗酸菌には、結核菌群と非結核性抗酸菌に大別される。結核菌はヒトからヒトへと感染伝播するのに対し、非結核性抗酸菌はヒトからヒトへの感染はしないとされている。
代表的な病原性のある非結核性抗酸菌はM.avium complex、などである。しかしAIDS患者などでは、正常の免疫機能を保持しているヒトには病原性を示さないM.gordoneが病原性抗酸菌となっていることなどもあるので、宿主の免疫機能が傷害されている場合には注意を要する。

抗酸菌の同定は、集落形態、核酸の相同性ならびに培養・生化学的性状によってなされる。
培養・生化学的方法は検査が煩雑で、同定に3〜4週間を要し、また同一菌種の中でも定形的な性状を示さない菌株もあり、抗酸菌同定にはある程度の熟練を要する。
しかし近年の分子遺伝子学の進歩により抗酸菌検査法も格段に進歩した。
遺伝子の相同性を利用した抗酸菌同定は正確であり、迅速性があるため一般の抗酸菌検査室で用いられている。

核酸の相同性を利用した同定法であるDNAプローブテストは、日本ではM.tuberculosisM.avium complexの2菌種の同定が可能である。
リボゾームRNAの塩基配列の中で、菌種あるいは菌群に特異的な部分をアクリジニウムエステル(AE)で標識したものをDNAプローブとして、被検菌体から抽出したリボゾームRNAとの間でDNA-RNAハイブリダイゼーションを行う。
このAE標識ハイブリダイゼーションを加水分解し、未反応のDNAプローブのAE基のみを選択的に分解、失活、ハイブリッド内にあるAE基からの化学発光をルミノメーターで計測する。
結果はリーダー50によりRelative Light Unitを実測する。RLUが30,000以上を陽性、30,000未満を陰性とする。 この2菌種以外の抗酸菌の同定はマイクロプレートハイブリダイゼーション(DDHマイコバクテリア)法によって行える。

2.4 薬剤感受性検査

表3
同定された抗酸菌が結核菌であれば薬剤感受性検査を行う。
間接法と直接法があるが、直接法は塗抹検査で抗酸菌が多数検出された検査材料をアルカリで処理後、中和または水酸化ナトリウムの終濃度を1%以下にして、薬剤感受性培地に接種する方法である。
間接法は分離培養を行い、発育した集落から菌液を作り接種する方法である。
直接法は接種菌数が不均一であること、非抗酸菌の混入、前処理剤の影響などから、期待された結果が得られないこともあり、間接法を用いることが薦められる。感受性検査の方法として、比率法、耐性比率法、絶対濃度法がある。
国際的には比率法を用いるように薦められている。
初代培養菌(4週までのできるだけ若い菌を使用する)について検査を行う。
1%小川培地を用いた普通法では、INH以外は1濃度で検査する。
試験濃度は表3に示した。INHは2濃度で検査するが、初回治療の場合には低濃度で行われた感受性検査結果を用いる。
多剤耐性結核で感受性薬剤数が少ない場合にはINH低濃度耐性であっても、高濃度感受性の場合には使用を考慮するように薦めている。
薬剤感受性検査は精度管理の難しい検査であるが、精度管理を行っている検査室で正確な結果を臨床医に提供しなければ、化学療法を失敗する可能性もあるので、学会などで行っている精度管理には積極的に参加すべきである。

(3) 多剤耐性菌

多剤耐性菌は一次抗結核薬のイソニアジド(INH)とリファンピシン(RFP)の両剤に耐性の菌をいう。
抗酸菌の耐性は不適切な抗結核薬の使用によって作られる。最近、INH、RFPだけでなく、二次抗結核薬の耐性を獲得した菌が問題となっており、これをXDR‐TBとし、MDRと区別して報告する動きがある。
XDR‐TBはINH+RFP耐性にさらに二次抗結核薬は少なくても3剤以上(ストレプトマイシンに加え、カナマイシンand/orアミカシン、polypeptides((カプレオマイシン—日本では入手不能))、フルオロキノロン(シプロフロキサシンand/or、オフロキサシンand/or、レボフロキサシンand/or、モキシフロキサシン)に耐性の場合をconfirmed XDR‐TBとし上記3クラスの薬剤感受性検査ができなかった場合にのみINH+RFP耐性に加え上記の3クラス中の薬剤2剤以上に耐性の場合にはprobable XDR-TBとすることが提唱されている。
二次抗結核薬の感受性検査の方法が確立していないことから議論もあるところであるが、臨床的予後を考慮すると、MDR‐TBでも3剤以上の二次薬が感受性薬剤として残っている場合よりも、それ以上の耐性薬剤がある場合には比較して予後が不良であるので、区別することは意味のあることである。
治療を開始する場合、その国その地域における薬剤耐性率を知っていることは重要である。
日本では全国的薬剤耐性菌サーベイランスは行っていないが、結核療法研究協議会が5年ごとに、傘下の施設に入院治療を開始した患者から分離された抗酸菌を6カ月間収集し、結核研究所で薬剤感受性検査を行い報告している。
もっとも新しい耐性菌の頻度は02年の結核療法研究協議会の調べでは、初回治療での耐性頻度はINHでは2.8%、RFPでは1.0%、SMでは7.0%、EBでは0.9%であった。
治療歴のある例ではINHでは18.9%、RFPでは11.0%、SMでは14.4%、EBでは8.4%であった。多剤耐性菌の頻度は初回治療で0.7%(19/2705)、治療歴ある例では9.8%(41/417)であった。

(4) 職業上の結核菌曝露3)4)5)

医療従事者の結核は古くは1928年にHeimbeckにより、結核の感染伝播が患者から医療従事者へ起こっていることが報告されているが、医療従事者の結核感染、発病のリスクが高いことが周知されるようになるまでに数十年間を要した。
結核の感染伝播は空気感染で起こることは広く知られている。感染性を決める因子については古くから、多数の研究がある。
まず患者の喀痰塗抹陽性例では陰性例に比較すると感染リスクは約1.7倍から10倍高く、また被感染者の全身的免疫状態も因子となる。
免疫システムが未発達の乳幼児、HIV感染者などは感染のリスクが高い。

また感染源との接触状況によってもリスクは異なる。換気の悪い狭い部屋での接触者感染のリスクが高い。また接触期間も長い者は短い者よりも感染のリスクは高い。
我が国における職業曝露による結核の研究では検査技師の結核発病は看護師、医師の約4倍、看護師は同年齢の女性の罹患率に比較して4倍高いことが報告されている。
職業感染を防止するためにはまず、管理運営、環境の管理、感染防御が必要である。
管理運営では病院、施設等では結核についての職員の教育を行うことと、院内感染防止委員会をもうけ、定期的に感染のリスクの評価、感染者の特定、感染者に対する発病予防投薬、発病者の早期発見に努めるべきである。また環境管理は感染性結核患者を収容する病室の空調の管理、飛沫核の発生するような手技を行う部屋の感染防止対策を行う。
感染性結核患者を隔離している部屋は外部に対し陰圧であることが望ましいが、室内に送り込む空気の量と排出する空気の量の差で差圧を作っており、部屋の密閉度が悪い場合、また部屋のドアの開閉が頻繁であるときには陰圧とならないので、注意を要する。
陰圧が保たれているかどうかは簡単にチェックできるので、必ずチェックすべきである。しかし陰圧室は室内で、患者のケアをする場合には何の防御にもならないので、感染性結核患者のケアをする場合にパーティクルレスピレーター(Particle Respirator)を装着する必要がある。
一般的にN95のマスクが用意されている。これは直径1μmの粒子を95%排除するマスクであるが、顔に密着していなければ、周りから空気が入り込むので効果が失われる。必ずfitness testを行い、漏れがないように装着する必要がある。気管支鏡を行う内視鏡室は密閉された部屋で行い、術者はパーティクルレスピレーターを装着することが要求される。
しかし米国では感染のリスクの高い状況では、poweredair-purifying respirator and air-lines respirator(PAPRs)(ポンプなどがついた顔前面を覆うマスク)を用いることが薦められている。また採痰やネブライザー等を用いて薬剤を吸入する場合にも、密閉した部屋で行う必要がある。最近は後から取り付けることができる採痰ブースが市販されている。
飛沫核が発生する室内の空気は必ずHEPAフィルターを通してから外部に排出するようにすべきである。
HEPAフィルターは直径0.3μm以上の粒子の99.97%を排除できるが、飛沫核が発生する室内からの空気は再循環させてはならない。また紫外線照射による殺菌も効果がある。飛沫核の殺菌にはUV‐C(波長253.7nm)が使われている。直接人に当たらないように室内の上部に設置する。
環境の整備やパーソナルレスピレーターの使用は費用がかかるので、感染のリスクの評価を行い、どのような設備を整え、どのようなレスピレーターを使用するかは院内感染対策委員会で決定されるべきである。

また職員の健康診断は、雇用時に結核の既往歴、接触歴、BCG接種歴、ツベルクリン反応の有無と結果を問診し、記録しておくべきである。
新しい感染が起こったかどうかをツベルクリン反応で決定することは日本では広範囲にBCG接種が行われているため、困難であるので、最近開発されたQuanti-FERON‐TB-2Gを用いた検査を採用することも考慮すべきであろう。
結核菌の感染が疑われた場合には発病予防のためにイソニアジドの6〜9カ月の投与を薦める。

解説

クォンティフェロンTB-2G


チールネールゼン法
赤く染まっている桿菌が抗酸菌


MGITシステム
左:培養陰性、右:培養陽性


小川培地
小川培地に発育した抗酸菌
結核感染の診断法としてツベルクリン反応が広く用いられているが、結核感染のみならず、BCG接種や他の抗酸菌感染でも陽性反応を示し、反応の強さは様々な要因で変わり得る。
ほとんどの日本人はBCG接種を受けているため、ツベルクリン反応による正確な診断が困難である。
クォンティフェロンTB-2Gは結核菌群と極少数の非結核性抗酸菌だけが持つ抗原刺激により産生されるインターフェロン‐γを測定するもので、未治療の結核患者に対して高い感度と特異度を持っている。

参考文献

1. 阿部千代治 抗酸菌の検査 JATA BOOKS No.1 1997年 結核予防会 東京
2. 日本結核病学会 抗酸菌検査法検討委員会 阿部千代治監修 新 結核菌検査指針 2000, 2000年 結核予防会 東京
3. ACCP/ATS Consensus Conference. Institutional control measures for tuberculosis in the era of multiple drug resistance. Chest 1995; 108: 1690-1710
4. Kent A. Sepkowitz. How contagious is tuberculosis? Clin Infect Dis 1996; 23: 954-62.
5. Kent A. Sepkowitz. Tuberculosis and health care worker: A historical perspective. Ann Intern Med 1994; 120: 71-79