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Ignazzo Interview: 感染制御認定臨床 微生物検査技師として

西神戸医療センターにおける院内感染対策の取り組み
2009年9月発行
掲載内容は、情報誌「Ignazzo(イグナッソ)」発行時点の情報です。

2009年9月
山本 剛 先生 写真
西神戸医療センター臨床検査技術部
臨床検査技師チーフ

【略歴】
平成16 年 神戸大学大学院医学系研究科入学 感染疫学 ・感染症分野専攻 修了 
平成 7 年 神戸市地域医療振興財団 西神戸医療センター 入職 
平成17 年 神戸市地域医療振興財団 西神戸医療センター 臨床検査技術部 チーフ
平成17 年 神戸市地域医療振興財団 西神戸医療センター 
      感染対策委員会 副委員長 兼 感染対策チーム 感染管理担当者

 新型インフルエンザウイルスの感染が大きな社会問題なっています。そこで今回は、西神戸医療センターの山本剛先生に今年前半に発生した新型インフルエンザに病院として
どのように対応されたのか、院内感染対策の取り組みについて伺いました。

院内感染対策チームは2人

Q:はじめに、西神戸医療センターの感染防止対策を担う体制についてお聞かせください。

山本:当院では1993年の病院設立と同時に感染防止対策委員会を設置し、院内感染対策チーム(ICT)はこの委員会の下部組織として1999年にスタートしました。現在は委員会の内部組織になっています(図1)。そのため、対策の提案から実施までがスムーズに行えるようになりました。
 当院のICT の管理は、感染制御認定臨床微生物検査技師(ICMT)と、感染管理看護師(ICN)の2名で行うように組織されています。
図1:西神戸医療センターの感染管理組織図
図1:西神戸医療センターの感染管理組織図

さまざまな診療科の医師と病棟ラウンド

Q:ICT の病棟ラウンドはどのように行っていますか。

山本:中心になっている若手の医師16名の中から内科、外科などそれぞれの診療科の担当医師と回っています。様々な診療科の医師と一緒に月に3回定期的に回ることで、感染防止対策に対する臨床現場の意識が自ずと高くなります。
 その他、院内の感染症の発生状況や分布のサーベイランスの他、感染症に対する診療支援も行っています。
 ICTで指導している症例に対するアプローチの仕方の確認も行いますし、感染症例の相談を受けることもあります。
 まれに、同じ内容の質問を繰り返し受けることもありますが、これはICT活動が行き届いていないためと考えることもでき、活動のバロメーターとしても役立てています。症例に対する介入方法については、患者さんの状態を見ながらその都度検討、提案しています。
 看護師をはじめ院内のほとんどの職員は非常に協力的ですので、ICT の提案にも耳を傾け、積極的に対策に取り組んでくれます(図2)。
図2:当院のラウンド規約(一部抜粋)
図2:当院のラウンド規約(一部抜粋)

手袋使用率の改善でMRSA 発生件数が減少

Q:ICTの活動の成果としては、どのようなものがありますか。

山本:まず、MRSAの新規発生件数が減りました。MRSAの発生状況は病棟の特殊性に左右されることが多く、病棟間での発生件数は異なります。私が管理者になった4年前に比べ、昨年は1ヵ月当たりのMRSAの新規発生件数が平均7名も減りました。

Q:MRSA対策で効果的なものは何ですか。

山本:手袋の使用や手洗いの励行など、標準予防策の徹底と感染経路別予防策の遵守です。当院では採血時の手袋使用率が3年前に40%程度でしたが、一昨年は80%、昨年は90%を超えるまでになりました。
 これは手袋使用の重要性が理解され、更に予防策に対する職員の意識が採血手技を通して向上したためと考えています。また、手袋の使用しやすい環境作りの他、手洗い場の改善なども行いました。
 ところで、感染防止対策に関する提案は、予算の再配分を考慮して行います。人件費を含めた立案をし、且つ効率的な予算執行を行えば、予算内で現状よりも効果がでるという提案になり、実際に効果が実証されています。
 使用される手袋の枚数を数えることは、指導がどの程度行き届いているかの指標にはなりますが、感染防止対策にはなりませんので行っていません。尚、感染経路を解明するよりも、感染を抑えて予防策に力を入れる方が重要だと考えていますので、MRSAが発生しても積極的な疫学解析は行っていません。
 感染者数が増えた場合は、看護師長を通して手洗いを徹底してもらいます。手洗いは、米国疾病予防局(CDC)や、米国医療疫学学会(SHEA)で標準とされている方法に従って実践しています(参1)。

Q:看護部との協力体制も重要ですね。

 MRSA対策に限ったことではないのですが、看護部も独自に月に1回、感染対策についての会議を行っています。その際ICT からも気づいた点を指摘し、感染対策用の教育マニュアル案等を考えてもらうこともあります。会議で出された案に対してはICT が確認後、さらに委員会の承認を得てから実施し、また修正もしつつスタッフ全員で実行するようにしています。
 また、当院は結核指定医療機関でもあり、結核菌を排菌する患者さんが収容されている病棟もあります。結核の感染防止を目的として、日常的に来院される結核を含めた空気感染対策の必要な患者さんに対して、外来部門は個室を確保していましたが、救急部門での空気感染防止を目的とした設備が無かったので、2005年の改修で陰圧空調室1室と、陰圧空調の待合室を3 室設置しました。設置の際には、ICTからも意見を出しました。
 こうした取り組みの結果、当院の感染防止対策は充実し、医療の質の向上にも貢献できました。

Q:ICTを中心に、非常に風通しのよい環境のようですね。

山本:当院は大都市の郊外にある市中病院です。報道もされていますが、市中病院の医師不足は深刻な問題で、当院も慢性的に不足しています。
 医師以外で診療補助を含めた医療業務につくスタッフをフィジカル・アシスタントと呼びますが、当院には看護師をはじめ、専門性の高いフィジカル・アシスタントが数多く活躍出来る場面があります。このフィジカル・アシスタントはICT以外の医療チームで積極的な活動を行っており、職種間の風通しが良いだけでなく、医療チーム間の風通しも良くしています。その結果、医師の不足を補いつつ質の高い医療を提供できています。
 下痢の患者さんを例にとると、感染性胃腸炎に対するアプローチをICT で行い、栄養状態に問題がある場合にはNSTへ諮問し、下痢症の改善計画を2 チームで行うことも多くあります。嘔吐が生じる場合には、呼吸状態の管理をRMT(呼吸管理チーム)と相談してケアに当たるようにしています。主治医は管理が難しい症例に対しても、各医療チームからの意見を参考に入院計画を考えてゆきます。
 当院は電子カルテが導入されていないため、患者さん情報の取得は全て病棟のカルテベースになります。私は臨床検査技師でもありますが、患者さん情報の取得は検査方針を立てる上で必要ですので、空き時間を利用して病棟へ出向きカルテの閲覧をしています。初めはMRSAの監視と思われていたのですが、段々と患者さん情報の取得に来ていることが理解されました。日常的に病棟を訪問していたこともあり、新型インフルエンザ対策の時には色々と役立つことも多くありました。

新型インフルエンザ対策には、通常の感染対策で十分

Q:神戸市の発熱外来を担当した施設として、新型インフルエンザの流行時には何か特別な対策を行いましたか。

山本:感染防止対策上で患者さんの動線を考えたりはしましたが、スタッフの感染予防策に関しての特別な指導はしませんでした。実際に初の国内発生事例に対してはスタッフの混乱というより患者さんの不安が大きく、その混乱が大きかったと思います。
 感染予防策についての指導が無くても、新型インフルエンザと聞いて慎重にならない人はいないと思います。当初はフルプロテクトPPE(参2)を装着して従事していましたが、慎重になり過ぎるあまりに、現場での対応に迷いを生じることにもなりました。従って、初めの数日は現場で指導にあたることにしました。大きく混乱したことの一つに、症例定義を広げ過ぎた(当初は神戸市在住の発熱患者さん全て)ことがあげられます。その結果、病院では辛うじて対応していましたが、PCR検査の処理能力をオーバーしてしまい、疑似症例か確定例かの判断に時間がかかりました。
 確定例が多く発生している状況で疑似症例の収容先の確保が困難になっていき、市内で予想をしていた病床数もオーバーしてしまいました。PCR 陰性例は退院させる方向で動いていましたが、病床確保には苦労しました。
 発熱外来を受診される患者さん全てに迅速検査を行っていましたが、迅速検査が陰性例の患者さんに関しては一時帰宅してもらい、後日のPCRの結果から新型インフルエンザ陽性と確認できた段階で、入院して頂くように変更しました。
 当初新型インフルエンザという大きな概念に捉われすぎましたが、発生状況や入院患者さんの状態を診ている中で、季節性インフルエンザと同様の取り扱いで対応出来ることが徐々にわかってきました。混乱を招いた第一の理由は、新型インフルエンザに対する免疫応答は既存のインフルエンザウイルスに対するものと異なること、ワクチンの有効性が確認されていないことでした。つまり、患者さんは重症化してしまうのではないかという恐怖感に襲われていたことです。
 WHOの報告によると、季節性インフルエンザの罹患率が5〜13%であるのに対して、新型インフルエンザでは23〜33%と罹患率が2倍以上に高くなりますから、感染防止対策を十分に行う必要がありました。
 私自身も当初は迷ったり、不安になることもありましたが、院内の感染防止対策の専門家として、先頭に立って標準予防策や、経路別感染予防策の実践や検証も行いました。国から具体的な方針も出てない状況で、海外のHP程度の情報しか取得できませんでしたが、情報をよく吟味して、当院に合った方法を導入しながら対策を進めていきました。

Q:病院スタッフの感染に対する危険はなかったのですか?

山本:幸い、感染者は1人も出ませんでした。
 マスクや、手袋の使用をふだんから徹底していなかった医療従事者には感染例が多いと、MMWR(参3)で報告されています。
 やはり日常の感染対策をきちんと実施しているかどうかで差が出るのではないかと思います。

第二波に向けた対策

図3:普段より感染防止のための手洗いの励行を勧める患者用リーフレット
図3:普段より感染防止のための手洗いの励行を勧める患者用リーフレット
Q:新型インフルエンザの流行には第二波が来ると言われていますが、どのような対応をお考えですか。

山本:通常の感染対策を徹底すれば十分だと考えていますので、季節性インフルエンザが流行しているときの対応と同じです。
 わが国では、季節性インフルエンザの感染対策が十分に行われているとは言えませんから、その点は問題ですね。
 まずはマスクの装着を徹底することです。外来の待合室では、インフルエンザと思われる患者さんとそうでない患者さんに2m以上の間隔をとり、衝立やカーテンなどで物理的に遮断する方法を考えていかなければなりません。こうした対策をしっかり行うことが、院内感染を予防する上で重要だと思います。
 当院では、今回の新型インフルエンザ用の対応マニュアル*の初版を5 月1 日に作り、さらに事例を踏まえた上で大きく変更した第二版を6 月6 日に発行しました。
 マスク着用については、初めは移行期であったために、通常はサージカルマスク、発熱外来勤務者はN95 マスクを着用してもらうことにしました。現在は、特にエアロゾルが拡散する行為以外はサージカルマスクで対応しています。
 抗ウイルス薬予防投与については原則行いません。職員の健康管理に関しても、初版では発熱外来勤務者に対しては全員体温チェックをしましたが、今は患者さんと濃厚接触した者に限って行っています。
 実習生や見学生については、毎朝体調管理簿に記入してもらうようにしています。学生のために、感染対策の教育を研修プログラムに入れています。マニュアルには疾患別の項目も盛り込まれており、妊婦、分娩時、透析患者や小児患者が入院してきたときの入院経路もマニュアルに記載しています。
 また新型インフルエンザ感染予防に対する手洗いの励行を強化するため、患者さん用に、手洗いの大切さを知って頂くためのリーフレット(図3)を作っていますので、入院説明時にこれを使って、患者さんや患者さんの家族に説明しています。
 院内感染対策が必要な市中感染の微生物が多いと考えられるので、患者さんも一緒になって感染管理に協力して頂くことも重要だと考えています。

Q:今回の新型インフルエンザの診断検査で用いる迅速検査では、検査を行うタイミングによって陽性にならないことがあるようですが、迅速検査の位置付けについてどのようにお考えですか。

山本:可能であれば迅速検査は行った方が良いと思います。今回の症例を解析している中で、小児患者さん、抗インフルエンザ薬服用中の患者さんや発症してから間もない患者さんでは、迅速検査が陽性になり難いことが分かりました。
 発生症例が増えてくると、接触歴と臨床症状から新型インフルエンザかどうかの判断も可能ですが、A型かB型かはっきりさせ、インフルエンザウイルスの検出を視覚的に行うことは、患者さんへの十分な説明材料にもなります。
 蔓延して患者さんの数が膨大になってきた場合、軽症の方は臨床診断のみで自宅療養してもらうようになるかもしれません。
 今回のマニュアル改訂でも、患者さんへの検査説明書を挿入しています。A型であれば季節性か新型かになりますが、いずれにしても感染対策としてはワクチン接種以外大きな違いはありません。死亡率に大きな差は無いと思われますので、スタッフに対しても特別な対応はとらない予定です。
 今回の新型インフルエンザの流行があってから、日常の感染対策に対する意識がより高くなりました。日常の感染対策をしっかり行うことが何より重要です。また、関連する診療科と協力して現場の状況に即したマニュアルを作っておくことは、事前のシミュレーションにもなりますし、いざという時の素早い判断をする上でも有用であることが改めて確認できました。
(参1) CDC ウェブサイト:
http://www.cdc.gov/
SHEA ウェブサイト(閲覧にはID が必要です):
http://www.shea-online.org/
(参2) PPE(Personal Protective Equipment)
全身を覆う防護服と共にヘルメット、ゴーグルを装着し、二次感染から関係
者を防御する。
(参3) MMWR(Morbidity and Mortality Weekly Report)
特定の感染症の罹患率と死亡率に関する要約された報告で、CDC より週ごと
に提示される。
○新型インフルエンザに関する基礎情報の収集ができる関連リンク
1、国立感染症研究所 感染症情報センター
http://idsc.nih.go.jp/disease/swine_influenza/index.html
2、厚生労働省
http://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/kekkaku-kansenshou04/index.html
3、WHO の新型インフルエンザ関連サイト
http://www.who.int/csr/disease/swineflu/en/ind