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I's eye: 多剤耐性緑膿菌 MDRP (Multi Drug Resistant Pseudomonas aeruginosa)

2011年12月発行
掲載内容は、情報誌「Ignazzo(イグナッソ)」発行時点の情報です。

 種類の異なる複数の抗菌薬が効果を示さなくなったアシネトバクター属など、院内感染の原因菌ともなる多剤耐性菌についての昨今の報道から、医療関係者ではない方々にも、耐性菌と言うものが認知されるようになりました。
 行政からも院内感染対策に関する通知*が出され、耐性菌への医療機関の連携した対応を促し、またアウトブレイクを疑う基準や、保健所への報告の目安などが示されるようになりました。
 通知と共に出された別記、医療機関等における院内感染対策に関する留意事項にはアウトブレイク時の対応が詳しく述べられていますが、その中で、発症はせずに保菌だけでも院内感染対策を策定し実施しなければならない菌種として多剤耐性緑膿菌(MDRP)、及び多剤耐性アシネトバクター属(MDRA)を含む4 菌種(他はVRE、VRSA)が示されています。
 従って、これらは院内感染の原因菌として、今やMRSA以上にその存在が危惧されるようになったと考えられる訳です。
 そこで今回は、多剤耐性菌の象徴とも言える多剤耐性緑膿菌(MDRP)を取り上げ、改めてその特徴を整理してみようと思います。
 ところで耐性菌とは、常用量(治療のため人に投与できる量)の抗菌薬では効果のみられなくなった菌株のことを言いますが、多剤耐性菌(正確には多剤耐性株)の場合は異なる系統、異なる作用機序の複数の抗菌薬の使用に伴って、または外来性に耐性を獲得して抗菌効果がみられなくなった菌株を指すことになります。
 そして、緑膿菌のある株では細胞壁合成阻害剤であるカルバペネム系、タンパク質合成阻害剤であるアミノグリコシド系、及びDNA 合成阻害剤であるニューキノロン系に、同時に耐性を示しているので、これが多剤に耐性の緑膿菌、多剤耐性緑膿菌(MDRP:Multi-Drug Resistant Pseudomonas aeruginosa)と呼ばれるようになりました。

*医療機関等における院内感染対策について(医政指発0617 第1 号、平成23 年6 月17 日)、
 厚生労働省医政局(指導課長)より各自治体衛生主管部(局)長宛

耐性機構

 表は耐性機構(仕組み)を一覧にしたものです。
 種々のβ- ラクタマーゼの産生や、抗菌薬の透過も担うporin 孔(グラム陰性菌の外膜に存在する穴)の減少によってβ- ラクタム系に耐性、Efflux pump(排出ポンプ)の機能亢進による抗菌薬の積極的な汲み出し、及びリン酸基、アデニル基の付加など抗菌薬の構造を修飾する酵素の産生によってアミノグリコシド系、キノロン系に耐性、そしてDNA ジャイレースの変化によってキノロン系に耐性など、作用機序の異なる数々の抗菌薬への耐性を誘導する複雑な機構が見て取れます。
 尚、MDRP の出現は単純なものではなく、メタロ-β- ラクタマーゼや抗菌薬の構造修飾酵素を担う遺伝子群のようにプラスミドに載っていて、それが接合で伝達される場合と、porin 孔の減少、DNA ジャイレースの変化など染色体変異が反映された結果も関連して、多剤耐性の発現に至るようです。

検出

 表は厚生労働省院内感染対策サーベイランス(JANIS)にある薬剤耐性菌判定基準の抜粋です。
 3 系統の抗菌薬の判定基準が提示され、薬剤感受性試験の結果がこれに合致すれば、被験株は多剤耐性緑膿菌(MDRP)と判定されます。
 尚、判定基準にはCLSI 文書に記載のものを適応していますが、AMK(アミカシン)の微量液体希釈法の結果に関してはS(感性)以外とされているので、in vitro ではR(耐性)でない場合もあり得ることになります。
 但し、組織移行性などに鑑みた臨床効果をみると、R(耐性)ではなくても単剤での効果は期待できないと解釈して、不用意な使用は当然避けるべきです。

厚生労働省 院内感染対策サーベイランス 薬剤耐性菌判定基準(ver2.0)
多剤耐性緑膿菌(MDRP)

治療

 既存の、抗緑膿菌活性を有するペニシリン系、第3、第4世代セファロスポリン系、カルバペネム系、及びニューキノロン系、そしてアミノグリコシド系の各注射剤など、現在臨床で適応可能な抗菌薬は効果を示さないと言っても過言ではなく、また多くは免疫機能の低下した患者(Immunocompromised host)であることも相まって、治療には難渋することになります。
 唯一ポリペプチド系のコリスチン(適応外)、ポリミキシンB(適応あり)にin vitro で効果が認められますが、本邦では注射剤としての適応が無く、また腎障害など重篤な副作用もありますので、これらのことを十分に考えての慎重な投与が求められます。
 ところで、in vitro での効果とは言え、先ずは唯一投与を考慮できるコリスチン、ポリミキシンB ですが、これらに耐性を示す株の報告も、既になされています。
 これらが効果を示さないと、対応できる既存の抗菌薬は全く存在しないことになってしまい、このような株をPandrug-resistant P. aeruginosa、PDRP(全ての抗菌薬に耐性の緑膿菌:汎耐性緑膿菌)と称します。
 分離例は少数ですが、存在自体を極めて憂慮すべきで、このような株が臨床現場に侵入したら対応できる抗菌薬療法は全く無くなります。
 緑膿菌の耐性機構は複雑で、特定の遺伝子の単純な発現結果、言い換えると特定の表現系では説明できないように思われます。
 耐性を担う色々な遺伝子の発現を制御、調整する機構(重複制御機構)も、存在するかも知れません。
 例えば、耐性遺伝子を特定のプラスミドに集積するインテグロン構造が知られていますが、この発現機構の理解は十分でしょうか?
 未だ不明で、理解の及ばない現象もあるかも知れませんが、耐性菌の出現を予防するためには十分な理解をするべく、努力を傾注する必要があります。
 とは言え、現実の臨床対応を考えると、先ずは適切に感受性試験を行って、併用投与も視野に入れた、今ある抗菌薬の適正使用を心がけることが第一でしょう。
(文責:日本BD  武沢敏行)



参 照:
通知: http://www.mhlw.go.jp/topics/bukyoku/isei/i-anzen/hourei/index.html
判定基準: http://www.nih-janis.jp/index.asp
耐性機構: 臨床と微生物 36(増刊号): 115-122、2009 年10 月
Cell 128:1037-1050, 2007
Pandrug-resistant P. aeruginosa(PDRP)
BMC Infectious Diseases 5(24):1-7, 2005
International Journal of Antimicrobial Agents 29:630‒636, 2007