医療関係者向けのページです

I's eye: 薬剤耐性 マイコプラズマ Mycoplasma pneumonia

2014年8月発行
掲載内容は、情報誌「Ignazzo(イグナッソ)」発行時点の情報です。

 マイコプラズマ属の一菌種Mycoplasma pneumoniae(M. pneumoniae)は、非定型肺炎(異型肺炎)を引き起こす最も重要な起炎菌と捉えられています。
 本菌に感染し発症に至ると、数週間の潜伏期間を経て発熱、頭痛がまずみられ、更に呼吸器感染症状が続きます。そして、解熱後もしばらく続く乾いた咳(乾性咳嗽:かんせいがいそう)が、臨床的な特徴として挙げられます。
 流行は、主に初秋から冬にかけてみられますが、近年は一年を通して報告があり、特に季節性は無くなりつつあるようです。
 年令別では、小児を中心とする若年者に多くみられ、感染者全体の80%近くを占めています。
 重症化、及び合併症は稀ですが、小児に多く、また乾性咳嗽が遷延(せんえん:長引くこと)することなども相まって、当然ながら適切な抗菌薬治療が望まれ、治療薬としてマクロライド系抗菌薬(ML)が多用されてきました。
 ところが、2000年にML耐性株が臨床で初めて分離され1)、以後年を追うごとに分離頻度が高まって、治療に難渋するようになりました。

M. pneumoniaeとは


写真提供:大阪市立大学大学院理学
     研究科・宮田真人教授
 1000kb前後のゲノムを有し、調製された培地で培養可能な最も小さな細菌に分類されます。
 以前は、細菌とウイルスの中間に位置する微生物などと言われたこともありましたが、現在では、細菌の独立した一つの属(Mycoplasma 属)であるとされています。
 生きた細胞、組織を含まない調製培地での培養は可能ですが、通常PPLO培地2)と称される動物血清(主にウマ血清)、及び成長因子を添加した寒天培地を使用して分離され、動物血清や成長因子は増殖に必須とされています。
 尚、培養には7日間ほどを要し、またコロニーは、中央が培地に食い込むようにくぼんだ目玉焼き様と言われる、特徴的な形態を示します。
 ところで、Mycoplasma属の属するMollicutes 綱{モリクテス綱(こう)}の各菌種はペプチドグリカン(細胞壁)が欠損し、またグラム陰性菌が普遍的に有する内毒素(LPS)も持たないことを特徴とします。
 細胞壁が有りませんので、β- ラクタム薬などの細胞壁合成阻害薬は効果がありません。
 ちなみに、細胞表面にはリポタンパクが発現していて、これが感染組織に炎症性反応を惹起する原因となっていることが、明らかにされつつあります。

薬剤耐性マイコプラズマ(ML耐性M. pneumoniae 株)

 マイコプラズマ肺炎に対しては、副作用が少なく、また小児への適応を考慮して、タンパク合成阻害剤であるMLが使用され続けてきました。しかしながら、臨床では存在しないと思われていたML耐性株が2000年に初めて分離され1)、以後分離頻度の高まりと共に3)、現在に至っています。
 さて分離された耐性株それぞれが精査され、以下のような、共通する耐性機構が報告されています。
 MLは原核細胞の50Sリボソームを構成する23S rRNAのdomain V(ドメイン ファイブ)を標的部位としてこれに結合し、結果としてタンパク合成を阻害します。そして、菌種によって若干の違いはありますが、マイコプラズマの場合は2063番目と2064番目のアデニン(A)が重要な部位と考えられています。従って、この部位に点変異(塩基の置換)、またはメチル化などが起こるとMLが結合し難くなって、タンパク合成は阻害されず、その菌株はMLに対して耐性化することになります。
 報告されたM. pneumoniaeの耐性株の場合は、2063番目のAがグアニン(G)に置換(2063A>G)しており、また2064番目のAがGへ置換(2064A>G)している株も確認されました4)
 domain Vに点変異が起こっても、菌のタンパク合成能の大勢に影響はありませんが、微妙な高次構造の変化からMLは結合し難くなって、結果MLが投与されたのに効果を示さず、菌は生き残ることになる訳です。

検出

 M. pneumoniaeを起炎菌とするマイコプラズマ肺炎は、感染症法では第5類感染症に挙げられ、定点把握疾患に分類されて、基幹定点医療機関の届出が義務付けられています5)
 検査方法としては、気道から採取された検体を検査材料としての分離・同定、すなわち培養による菌の検出、またはPCR法、LAMP法6)による遺伝子レベルでの検出、並びに患者血清を検体とした抗体の検出が挙げられています。MLに耐性の有無は、CLSIの判定基準(M43)に則っての確認が基本となります7)
 しかしながら、難しく時間のかかる培養を中心とした方法では、安定した結果を得るために熟練を要するなど、一般的な検査室では困難を伴います。
 ところで、本菌の耐性化は、現在のところrRNAの特定部位の点変異(塩基の置換)に限ること、そしてM. pneumoniaeのリボソームオペロン(合成のカスケード、回路)が一組しかないことなどから、点変異の結果とMLに対する感受性試験の結果が良く一致すると言われています4)。
 安定した結果を保証するためには、まだデータ不足の感を否めませんが、点変異を適切に検出できる遺伝子レベルの方法は、臨床対応に即した試験として期待が持てるように思います。
 M. pneumoniaeを原因とする肺炎は、肺炎球菌など細菌を原因とする肺炎とは異なり、あまり重症化せずに全身症状も悪くないことが多いと言われています。曰く、歩く肺炎(walking pneumonia)と言われるゆえんです。
 但し、乾性咳嗽が長期間続き、またその間菌を排出し続けますので、特に家族間など周囲への感染、伝播には十分に、注意を払わなければなりません。
 しかしながら重症化は稀であること、そして耐性株がより高い病原性を示す訳ではないことの理解も併せて必要です。
 そのような理解の上、極めて慎重な投与、対応が求められますが、ステロイドの併用投与等対症療法的な対処、並びに効果の見込めるML以外の抗菌薬投与も勘案して、冷静に経過を観察することが肝要のように思います。
(文責:武沢 敏行)



<参照>
1)小児におけるML耐性株、最初の報告
Okazaki, N., Narita, M., Yamada, S., et al.: Characteristics of macrolide-resistant Mycoplasma pneumoniae strains isolated from patients and induced with erythromycin in vitro, Microbiol Immunol 45:617-620, 2001
2)PPLO培地
https://www.bd.com/europe/regulatory/Assets/IFU/Difco_BBL/211458.pdf
3)ML耐性株の分離
http://idsc.nih.go.jp/iasr/rapid/graph/pf38141.gif
4)耐性機序、リボソームオペロン
BIRTE VESTER, STEPHEN DOUTHWAITE: Macrolide Resistance Conferred by Base Substitutions in 23S rRNA, ANTIMICROBIAL AGENTS AND CHEMOTHERAPY 45(1):1-12, 2001
5)感染症法上の対応
http://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/kekkaku-kansenshou11/01-05-38.html
http://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/kekkaku-kansenshou11/01.html
6)LAMP法
原理
http://jsv.umin.jp/journal/v54-1pdf/virus54-1_107-112.pdf
検出キット
http://loopamp.eiken.co.jp/products/MycP/index.html
7)CLSI基準
http://www.clsi.org/clsi-publishes-a-guideline-on-methods-for-antimicrobial-susceptibility-testing-for-human-mycoplasmas-m43/