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特集:医療関係者に対するワクチン接種の考え方

2014年8月発行
掲載内容は、情報誌「Ignazzo(イグナッソ)」発行時点の情報です。

岩田 敏 先生

慶應義塾大学医学部感染症学教室/感染制御センター

はじめに

 2013年4月の予防接種法改正により、厚生科学審議会予防接種・ワクチン分科会、およびその下に予防接種基本方針・政策部会、研究開発、並びに生産・流通部会、副反応検討部会の3つの部会が発足し、我が国の予防接種施策は漸く中・長期的に評価・検討されるようになった(図1)。新しい制度の下、インフルエンザ菌b 型(Haemophilus influenzae type b ; Hib)ワクチン、肺炎球菌結合型ワクチン(小児用肺炎球菌ワクチン)、ヒトパピローマウイルスワクチン、水痘ワクチン、肺炎球菌多糖体ワクチン(成人用肺炎球菌ワクチン)の定期接種化が決定され、実施されている。その結果、ワクチン後進国といわれ、これまで問題とされてきた、我が国におけるワクチンギャップの問題も解消されつつある。
 医療関係者においても、「感染症をうつさない、うつされないために、予防接種で防ぐことのできる疾病(Vaccine Preventable Disease; VPD)に対して、免疫を持つ必要がある」という考えのもと、B型肝炎、インフルエンザ、麻疹、風疹、ムンプス、水痘などのVPDに対するワクチン接種や抗体価確認が多くの施設で実施されるようになっている。一般社団法人日本環境感染学会* では、医療機関における院内感染対策の一環として行う医療関係者への予防接種について「院内感染対策としてのワクチンガイドライン(以下、ガイドライン第1版)」を作成し2009年5月に公表した。このガイドラインは多くの医療機関において、医療関係者に対して予防接種を実施する際の参考にされてきたが、前述のとおり国内における予防接種を取り巻く環境が大きく変化したことや、より分かりやすく現場で使用しやすい内容が求められていたことから、現在改訂作業が進められている。新ガイドラインは「医療関係者のためのワクチンガイドライン第2版」として公表される予定であるが、本稿ではこの改訂作業の中で考えられている内容ついて紹介するとともに、医療関連施設におけるVPDの感染対策について考えてみたい。

*:日本環境感染学会ワクチン接種プログラム委員会
  委員長:岡部信彦
  委 員:荒川創一、岩田 敏、白石 正、多屋馨子、藤本卓司、三鴨廣繁、安岡 彰 (順不同)

医療関係者のためのワクチンガイドライン改訂のコンセプト

 前述のとおり、医療関係者は自分自身が感染症から身を守るとともに、自分自身が感染源になってしまってはいけないので、一般の人々よりもさらに感染症予防に積極的である必要があり、また感染症による欠勤等による医療機関の機能低下も防ぐ必要がある。そうした意味で、日常の感染防止行動に加えて、少なくともVPDに対しては免疫を持つ必要がある。この点で、ガイドライン第1版と今回改定される予定の新ガイドライン案の間で考え方に差異はない。また、医療関連施設における予防接種のガイドラインとして、個人個人の厳格な予防を目的として定めるものではなく、医療関連施設という集団の中での免疫の度合いを高めることを基本的な目標としている。

医療関係者に対するワクチン接種の考え方

 医療関係者に対するワクチン接種の基本的な考え方について、ワクチン毎に分けて以下に述べる。また、近日中に公表予定の「医療関係者のためのワクチンガイドライン第2版」の中に記載される予定の、各ワクチンにおける基本的推奨事項の抜粋を表1にまとめた。基本的な内容についてはガイドライン第1版とほぼ同様である。

1) B型肝炎ワクチン

 医療関係者のB型肝炎予防については、2013年12月に改めて米国CDCからガイダンスが発表されている1)。
 B型肝炎ウイルス(hepatitis B virus ; HBV)は血液媒介感染をする病原体としては最も感染力が強く、医療関連施設では比較的よくみられる針刺しや患者に使用した鋭利物による切創、血液・体液の粘膜への曝露、小さな外傷や皮膚炎など傷害された皮膚への曝露でも感染が成立する可能性がある。免疫のない感受性者がHBV陽性の血液による針刺しを起こした場合の感染率は約30%といわれている。したがって患者や患者の体液に触れる可能性のあるすべての医療関係者は、B型肝炎ワクチンを接種して、HBVに対する免疫を持つ必要がある。
 接種の対象となる患者や患者の体液に触れる可能性のある医療関係者とは、下記のとおりである。すなわち、直接患者の医療・ケアに携わる職種としては、医師、看護師、薬剤師、理学療法士、作業療法士、言語療法士、歯科衛生士、視能訓練士、放射線技師およびこれらの業務補助者や教育トレーニングを受ける者などがあげられ、患者の血液・体液に接触する可能性のある職種としては、臨床検査技師、臨床工学技士およびこれらの業務補助者、清掃業務従事者、洗濯・クリーニング業務従事者、給食業務従事者、患者の誘導や窓口業務に当たる事務職員、病院警備従事者、病院設備業務従事者、病院ボランティアなどがあげられる。おおよそ医療関連施設に勤務するすべての関係者にあたる。
 B型肝炎ワクチンが定期接種として小児期に国民全員に接種されているという状況にない我が国では、HBVに対する免疫を持たない国民が多いため、医療関係者にあっては、就業(実習)前に自身のHBVに対する免疫の有無を確認し、免疫のない場合は、B型肝炎ワクチンの接種により免疫をつけておくことが重要である。
 接種は初回投与に引き続き、1ヵ月後、6ヵ月後の3回投与するのを1シリーズとする(図2)。1シリーズの3回目のワクチン接種終了後、1~2ヵ月後にHBs抗体を測定し、陽性化の有無を確認し、10 mIU/mL以上に上昇している場合は免疫獲得と考えてよい。1シリーズのワクチン接種で40歳未満の医療従事者では約92%で、40歳以上では約84%で基準以上の抗体価を獲得したとの報告がある2)。1シリーズのワクチン接種後に基準以上の抗体価が獲得できなかった場合は、もう1シリーズの再接種が推奨されている1)。追加の1シリーズにより、再接種者の30〜50%が抗体を獲得できる3)。
 2シリーズでも抗体陽性化が見られなかった場合はそれ以上の追加接種での陽性化率は低くなるため、ワクチン不応者として血液曝露に際しては厳重な対応と経過観察を行う。このような者がHBV陽性血への曝露があった場合、米国ガイドラインでは抗HBs人免疫グロブリンを、直後と1ヵ月後の2回接種を推奨している1)。
 一度抗体が獲得されれば、その後は長期にわたり発症予防効果が続く。また経年により抗体価が基準値以下に低下した場合も発症予防効果は続くため、追加接種は不要とされている1)。
 なおワクチン不応者や経年により抗体価が基準値以下に低下した者に対して、追加接種を行うことは、それにより被接種者に不利益となる事象が起きる訳ではないので、希望があった場合に各施設の判断で追加接種を実施することに特に問題はないと考える。

2) インフルエンザワクチン

 インフルエンザに対する治療薬も実用化されているが、感染前にワクチンで予防することがインフルエンザに対する最も有効な防御手段である。特にインフルエンザ患者と接触するリスクの高い医療関係者においては、自身への職業感染防止の観点、患者や他の職員への施設内感染防止の観点、およびインフルエンザ罹患による欠勤防止の、いずれの観点からも、積極的にワクチン接種を受けることが勧められる。
 インフルエンザHAワクチンの効果に関しては、米国ではワクチン株と流行株とが一致している場合には、65歳以下の健常成人での発症予防効果は70~90%、施設内で生活している高齢者での発症予防効果は30~40%と下がるが、入院や肺炎を防止する効果は50~60%、死亡の予防効果は80%みられたと報告されている4),5)。また我が国の研究でも65歳以上の健常な高齢者については約45%の発症を阻止し、約80%の死亡を阻止する効果があったとされている6)。
 接種対象者は、予防接種実施規則第6条による接種不適当者に該当しない全医療関係者の接種希望者であり、妊婦又は妊娠している可能性の高い女性や65歳以上の高齢者も含めてよい。
 インフルエンザワクチンはウイルスの病原性をなくした不活化ワクチンであり、胎児に影響を与えるとは考えられていないため妊婦は接種不適当者には含まれていない。また、妊婦又は妊娠している可能性の高いある女性に対するインフルエンザワクチンの接種に関する、国内での調査成績については、小規模ながら、接種により先天異常の発生率は自然発生率より高くならないとする報告7)がある。しかしまだ十分なデータが集積されてはいないので、現段階ではワクチン接種によって得られる利益が、不明の危険性を上回るという認識が得られた場合にワクチンを接種する。一般的に妊娠初期(妊娠14週まで)は自然流産が起こりやすい時期であり、この時期の予防接種は避けた方がよいという考えもある。一方米国では、ACIPの提言により、妊娠期間がインフルエンザシーズンと重なる女性は、インフルエンザシーズンの前にワクチン接種を行うのが望ましいとされている4)。また、妊婦へのインフルエンザワクチン接種は、移行抗体による影響から、接種を受けた母体から生まれた生後6ヶ月までの乳児に対しても感染予防効果が認められたとの報告もある8)。インフルエンザへの曝露機会の多い医療関係者の場合は、妊婦又は妊娠している可能性のある女性であっても、ワクチン接種によって得られる利益が危険性を上回ると考えられるため、インフルエンザワクチンの接種が勧奨される。ただし妊娠14週までの妊娠初期に関しては、前述のとおり元々自然流産が起こりやすい時期でもあり、接種する場合はこの点に関する被接種者の十分な認識を得た上で行う。
65歳以上の高齢者では、インフルエンザ罹患により肺炎等の合併症を起こして重症化したり死亡したりするリスクが高いため、インフルエンザワクチンの接種が強く勧奨推奨されている。医療関係者においても全く同様である。
基礎疾患を有する者(心臓、じん臓若しくは呼吸器の機能に障害があり、身の周りの生活を極度に制限される者、又はヒト免疫不全ウイルスによる免疫の機能に障害があり、日常生活がほとんど不可能な者など)では、高齢者と同様にインフルエンザ罹患に伴い重症化したり死亡したりするリスクが高いので、インフルエンザワクチンの接種が強く勧奨されている。医療関係者においても全く同様である。
インフルエンザワクチンは、接種からその効果が現れるまで通常約2週間程度かかり、約5ヶ月間その効果が持続するとされている。また、過去に感染歴やワクチン接種歴の無い場合と、免疫学的記憶のある場合のブースターとではワクチンの効果が現れるまでに差があると考えられている。多少の地域差はあるが日本のインフルエンザの流行は12月下旬から3月上旬が中心になるので、12月上旬までに接種を完了することが勧められる。
医療関係者のほとんどはインフルエンザワクチンの接種歴がありインフルエンザウイルスに対する基礎免疫を獲得していると考えられるので、通常は各年1回接種で十分である。ワクチン接種にあたっては、他の予防接種と同様、被接種者に対し十分な説明を行い、同意を得た上で接種の可否を判断する。
医療関係者への予防接種率向上のためには、職員に対する教育・広報、接種に際しての職員への配慮(接種場所、経済的補助の確保など)、接種率・接種効果のフィードバックが重要である。
インフルエンザHAワクチンの効果は100%という訳ではないので、医療関係者においてはワクチンを接種した上で、流行期のマスク着用など日常の感染予防行動をとることが必要である。また状況によっては、患者に対する曝露後の抗インフルエンザウイルス薬の予防投与を積極的に行うことも必要である。

3) 麻疹、風疹、流行性耳下腺炎、水痘ワクチン

 麻疹、風疹、流行性耳下腺炎、水痘についてはそれぞれ弱毒生ワクチンがあり、広く国内でも使用されている。麻疹、風疹ではそれぞれ単独のワクチンもあるが、二つのワクチンを混合した麻疹・風疹二種混合ワクチン(MRワクチン)が頻用されている。2014年4月現在、麻疹、風疹ワクチンは定期接種として、1歳以降に2回の接種が行われており、また2008年4月から2014年3月まで中学生及び高校生を対象としてキャッチアップ接種が実施されたため、1990年4月2日以降に生まれた者については、麻疹と風疹については2回の接種機会があったことになる。したがって、これから新たに大学や専門学校を卒業して就職してくる方たちの多くは、2回のワクチン接種を受けていることになり、十分な免疫を持っていると考えられる。ただそれより上の年齢では、ワクチンを1回しか接種していない場合や、未接種あるいは接種歴不明の医療関係者も一定の数で存在する。また流行性耳下腺炎と水痘に関しては、今後水痘が定期接種化される見込みであるが、これまではどちらのワクチンも任意接種だったので、小児期に接種を受けておらず免疫を持っていない医療関係者も少なくない。最近の大規模病院の医療関係者を対象とした調査では、これらの疾患に十分な免疫を獲得していない医療関係者の疾患別の割合は、麻疹7.4%、風疹8.4%、流行性耳下腺炎16.1%、水痘0.8%と報告されている9)。
 医療関係者が麻疹、風疹、流行性耳下腺炎、水痘を発症した場合、接触のあった患者のみならず、患者の家族、医療関係者にまで感染が拡大する恐れがあるので、これらの疾患に対しては確実に免疫をつけておく必要がある。
 接種方法であるが、ワクチンにより免疫を獲得する場合の接種回数は1歳以上で「2回」を原則とする。麻疹、風疹、流行性耳下腺炎、水痘に関しては、1歳以降の2回のワクチン接種の記録をもって、医療機関という集団としては免疫ありと判断して差し支えない。したがって1回のワクチン接種の記録がすでにある場合は、もう1回を追加接種すればよいことになる。ワクチンの接種記録は、必ず本人と医療関連施設の双方で管理しておく必要がある。個人個人でみていくと、2回のワクチン接種後も十分な抗体価の上昇が得られない例もまれに認められる場合があるが、まれな例をチェックするために、これら4疾患において医療関係者の抗体価を定期的に測定する必要はないと考えられる。
 麻疹、風疹、流行性耳下腺炎、水痘についての明らかな罹患歴がある場合は免疫ありと判断して差し支えないが、医師により確定診断された例以外では確実とは言えない。
 ワクチン接種歴、既往歴が不明の場合は、血清抗体価の検査を行い、その値によってワクチン接種の要否を決定するようにするか、抗体価を測定せずにワクチンを2回接種して記録を保管する。その場合の抗体価の基準案を表2に、ワクチン接種のフローチャート案を図3に、それぞれ示した。この場合の抗体価の基準値は、感染を確実に防ぐことができる値を念頭に入れて定められたもので10),11)、発症した場合の周囲への影響が大きい医療関係者に適用される数値である。この基準値に達するまでワクチンの接種を繰り返す必要があるという意味ではない。
  なお麻疹、風疹、流行性耳下腺炎、水痘の各ワクチンはいずれも生ワクチンなので、明らかに免疫機能に異常のある疾患を有する者及び免疫抑制をきたす治療を受けている者、妊娠していることが明らかな者には接種してはならない。

おわりに

VPDをワクチンにより防ぐという方略は、国の予防接種施策の中にも示されている基本的かつ重要な考え方であるが、医療関係者においては、医療関係者自身の安全と、医療関係者がVPDを発症した場合の周囲への影響の大きさを考慮すれば、その重要性はより大きなものとして認識されなくてはならない。各医療関連施設においては、ワクチンの費用負担の問題や、健康被害があった場合の対応等も考慮しつつ、今後も積極的に医療関係者に対するワクチン接種に取り組んでいただきたい。

文献
1) CDC guidance for evaluating health-care personnel for hepatitis B virus protection and for administering post exposure management. MMWR 2013;62 (No.RR-10).
2) Averhoff F, Mahoney F, Coleman P, et al. Immunogenicity of hepatitis B vaccines. Implications for persons at occupational risk of hepatitis B virus infection. Am J Prev Med 1998;15:1–8.
3) Hadler SC, Francis DP, Maynard JE, et al. Long-term immunogenicity and efficacy of hepatitis B vaccine in homosexual men. N Engl J Med 1986;315:209-14.
4) Prevention and Control of Influenza. Recommendations of the Advisory Committee on Immunization Practices (ACIP), 2008.MMWR 2008:57(RR-07):1-60
5) Influenza Vaccination of Health-Care Personnel.Recommendations of the Healthcare Infection Control Practices Advisory Committee (HICPAC) and the Advisory Committee on Immunization Practices (ACIP).MMWR 2006:55(RR-02):1-16
6)神谷 齊ほか:厚生科学研究費補助金(新興・再興感染症研究事業),総合研究報告書(平成9年~11年度),インフルエンザワクチンの効果に関する研究
7) Karikomi H, Sskurada T, Ohde S, Gotoh K, Kobayashi E, Satoh N:(Safety of Pandemic Influenza A (H1N1) 2009 Vaccination during Pregnancy in Japan. 医薬品相互作用研究 36: 39-46, 2012
8) K. Zaman, et al:Effectiveness of Maternal Influenza Immunization in Mothers and Infants. N Engl J Med 2008;359:1555-64
9)武重 彩子, 山口 正和, 岩田 敏, 前澤 佳代子, 木津 純子:医療従事者における流行性ウイルス感染症の抗体価測定とワクチン接種.日本環境感染学会誌29: 23-31, 2014
10)厚生労働科学研究費補助金新型インフルエンザ等新興再興感染症研究事業「成人感染が問題となりつつある小児感染症への対応に関する研究(研究代表者:国立成育医療センター加藤達夫)」報告書
11)庵原俊昭:麻疹風疹混合(MR)ワクチン-麻疹ウイルス野生株排除をめざして-.小児科診療.2281-2286,2009