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Ignazzo Interview: 学内連携の成果を地域連携に活かす

2015年3月発行
掲載内容は、情報誌「Ignazzo(イグナッソ)」発行時点の情報です。

2015年3月
順天堂大学大学院
医学研究科 感染制御学教授/
順天堂医院 感染対策室室長 堀 賢 先生


順天堂大学では、効果的な感染対策連携の方法を探るために、地域連携に加えて、本院および5 つの分院で学内連携を行っており、得られた成果を地域連携にも活かしています。感染対策室室長の堀賢先生に、学内連携の経緯と地域連携にも活かせるノウハウをお聞きしました。

本院ICT が分院ICT を支援する体制を構築

図1:本院ICTと分院ICTの関係
Q1. 順天堂内における本院と分院の連携体制について教えてください。

堀:順天堂は順天堂医院(本院)と、浦安病院、練馬病院、静岡病院、越谷病院、順天堂東京江東高齢者医療センターの5つの病院(分院)で構成されており、総合病院としての機能を持つ本院、浦安病院、練馬病院、静岡病院、順天堂東京江東高齢者医療センターが感染防止対策加算1施設、4診療科(内科、皮膚科、神経内科、メンタルクリニック)の越谷病院が加算2施設です。
 最初にご説明しておきたいのは、本院および5つの分院ともそれぞれ独自に感染対策地域連携を行っており、これに加えて、この大学内連携を実践的なモデルケースとして、得られた研究成果を地域連携にも反映させるために行っているということです。たとえば浦安病院は東葛地域(千葉県北西部)南部の病院が集まっての地域連携に参加しています。一方、連携のしやすさから、東京都内の地域連携では順天堂の本院または分院が複数で参加しているものもあります。
 学内連携の主導役である本院の感染制御チーム(ICT)は、感染対策認定医(ICD)が私を含めて2人(堀先生は専任、他の1人は小児科との兼任)です。私は感染管理の専門家として6病院のICTを支援する立場にあり、何か事例が発生した場合の支援はもちろんのことですが、連携にあたってはさまざまな試みを行っていこうと考えています。専従の感染管理担当看護師(ICN)が4人、臨床検査技師が1人、薬剤師が1人の8人体制です。私は感染管理における組織体制のあり方など全体的な構想を立てており、環境整備や業務改善など各論的な面についてはICN が行っています。
 また、5つの分院はそれぞれ、兼任のICDを室長として少なくとも1人、専従のICNを1~2人置いています。それ以外のスタッフも多くは兼任であり、本来業務の量に応じてICTの業務を割り振っています。つまり、順天堂のICTについては、ヒューマンリソースの多くを本院に置き、前述したように何かあれば分院を支援・応援する形をとっています。兼任スタッフが多い分院だけでは対処できない事例が発生した場合には、本院からICDとICNがすぐに駆けつけられる体制と言えます(図1)。本院ICTと分院ICTは年4回、場所を持ち回りにして合同カンファレンスを行っています。

Q2. 大学病院の本院と分院が連携することの意義は何でしょうか。

堀:感染防止対策の地域連携が地域医療の質の向上に貢献しているのと同じく、学内連携も大学組織内の感染防止への取り組みを促進しています。同一の学校法人であり、組織内でのスタッフ異動や患者さんの紹介・転院も多いので、感染対策についての共通化と密なコミュニケーションも必要です。また、分院のひとつでアウトブレイクが発生したとしても対外的には「順天堂」として報道されるのであり、リスク管理の点からも連携は必要だったと言えます。過去にも、たとえばインフルエンザ流行時などに必要に応じて各病院間で相談・連携した経緯があり、2012年の診療報酬改定で感染防止対策地域連携加算が始まったときにはすでにいくつかの分院どうしが連携していました。それならばと、6病院で連携し、定期的に合同カンファレンスを行うことにし、現在の体制を整えたわけです。感染防止対策について一堂に会して互いに情報共有し、意見交換することは重要です。カンファレンス開催には出張費用なども発生しますが、正式に連携することで予算化もしやすくなりました。

プロセス評価とアウトカム評価のための共通指標を設定

合同カンファレンスの模様
合同カンファレンスの模様
順天堂本院と5 つの分院のIC T が一堂に会して事例と対策を報告し、
自由な雰囲気の中でディスカッションする。堀先生は司会に徹して
会場の意見を引き出し、最後に専門家の立場からアドバイスを述べる。

図2:1000 患者あたりのアルコールジェル使用量の推移
図2:1000 患者あたりのアルコールジェル使用量の推移
図3:延べ1000 患者あたりのMRSA 分離率の推移
図3:延べ1000 患者あたりのMRSA 分離率の推移
Q3. 同じ法人内とはいっても規模の異なる6病院が集まっての議論がうまく噛み合うものでしょうか。

堀:それについてはいろいろシミュレーションを重ねました。たとえば現在の連携の一般的な方法は、互いの施設を訪問して耐性菌の発生状況、手指洗浄や清掃の状況などをチェックし、改善点などを指摘しあうことですが、これではともすればその場限りの対応に終始してしまい、スタッフの異動などがある中で、知識や経験の継続と蓄積がうまく進まないことが危惧されます。
 また、病院の規模が違えば問題の規模も異なってきます。病床数が大きく違う病院間で単純にMRSAの発生件数だけを比較してもあまり意味はありません。私は「6病院が同じ認識を持てる共通指標がないだろうか」と考えました。共通指標にはプロセス評価の指標とアウトカム評価の指標の2つがあり、たとえば、手指衛生のプロセス評価の指標としては世界的によく用いられている1000床あたりのアルコールジェルの使用量、アウトカム評価の指標としてMRSAの分離率を用いています。アルコールジェルの使用量が多いほどMRSAの分離率が低くなるという論理であり、水平伝播についてのこの2つの共通指標を用いて議論することで、病院規模に左右されずに正確な分析ができ、他施設との比較や国際的な比較も容易です。
 この1000床あたりのアルコールジェルの使用量という共通指標を導入したところ、本院と分院の使用量に大きな幅があったことが判明しました。これを一目瞭然のグラフにしたことで分院の意識が高まり、現在の使用量は本院に近いレベルにまで上がってきています。図らずもベスト・プラクティスとなった本院の数字が他の5病院の目標値(ベンチマーク)となったわけです。アルコールジェル使用量が全体として上がったことでアウトカムにもよい効果をもたらしており、実際に、使用量が向上したある急性期病院では、院内全体のMRSA 分離率が低下しました(図2・3)。
 プロセス指標としてはさらに、「病棟環境監査ツール」という順天堂医院独自の約70項目チェックリスト(表1)を作っており、ICNが訪問しあってチェックし、それをもとにラウンドしています。それぞれの項目についての達成率を比較でき、問題点をあぶり出すことができると考えています。
 一方、評価項目としては、対象となっている抗菌薬の届出率、1000床あたりの血液培養の提出率、血液培養2セットの提出率、抗菌薬の系統ごとの抗菌薬使用密度(AUD)です。こうした指標があれば、分院それぞれの現状と改善の度合いが客観的に視覚化でき、把握も容易になります。
 アウトカム評価指標としては、前述したMRSAの分離率に加えて、あくまで2次的なものですが、黄色ブドウ球菌の血流感染におけるMRSAとMSSAの比率と、主要起因菌の耐性率を検討しています(図4)。こうしたデータを揃えることで、たとえば、ある病院で特定の抗菌薬の使用量が多く、また、その抗菌薬に対する耐性率が高いことが判明した場合には、なぜその抗菌薬が多く使われているのかをダイレクトに尋ねやすくなりますし、他施設のデータと比較しつつ、自分たちで改善を促していくよい機会にもなります。
 なお、これまでの検討により、AUDと耐性率が必ずしも相関していないこともわかってきており、何を普遍的な共通指標とするかを選定して提案していくことが私の仕事のひとつになってきます。
表1:順天堂医院版「病棟環境監査ツール」
表1:順天堂医院版「病棟環境監査ツール」(クリックで拡大)
図4:プロセス評価指標とアウトカム評価指標
図4:プロセス評価指標とアウトカム評価指標

対策については各病院の自主性に任せることが鍵

Q4. 学内連携活動を行ううえで注意すべき点を教えてください。

堀:評価と検討については共通基準を作っていますが、対策の仕方についてはまずは各病院に任せています。たとえば、一律のマニュアルを押し付けたりするのではなく、各病院の耐性菌発生パターンを反映した抗菌薬使用マニュアルを各病院で整備するよう支援しています。
 浦安病院では抗菌薬の払い出しの際に届出を出すようにしたことで抗菌薬の届出率は常に100%となっており、これも他の病院が参考にしているベンチマークになっています。「同じ順天堂のなかでやっているところがあるのだから、当院でもできるはず」と、同様の体制作りがいくつかの病院内で進んでいます。また、血液培養の提出率と2セット率では練馬病院が高く、これは同院が感染症コンサルタントとして名高い青木眞先生のご指導を受けて独自に感染症診療の教育の文化を培っていることにも関係していると思います。このように分院ごとの特徴が指標にも表れており、こうしたベンチマークが設定されることで全体としてのレベルアップが図られました。本院が分院から教えられることもあります。目標数値に近づく方法も規模や性格の異なる病院ごとに違うのであり、それでよいと考えています。目標に至るプロセスはひとつではありません。
 各病院の個性や文化は分院ごとにそれぞれ違い、ICTやICDの立ち位置も異なります。「自分たちで解決したい」という病院もあれば「本院の専門家にお任せしたい」という病院もあります。このような組織文化の異なる病院どうしの連携のなか、当初開きが大きかった施設間格差を私が主導して是正しようとしたわけではありません。アウトブレイクのような緊急事態でない限りはアドバイザーに徹して自助努力を促しました。共通指標に基づいて得られたデータを見せ、問題があれば、まずそれを自覚していただき、そのうえで対処方法については各病院に任せています。
 アウトブレイクのような緊急の事案では各病院長から医学部長へは「報告」という形で連絡がいきますが、それ以前の段階では、垣根が一段低い「相談」という形で私に連絡がきます。この点でも各ICT の自主性を尊重しています。我々が手を差し伸べるのはあくまで分院の求めに応じてであり、こちらから先に介入することは控えています。各病院の個性と文化、自主性を尊重して行動することが大切であり、組織文化を考慮せずに介入してしまうと、その組織のよい点までも潰してしまうことになりかねません。また、介入するにしても、各病院のICT が先導して事に当たれるよう支援するといったスタンスです。こうすることで各病院におけるICTの位置づけを高め、自主性を促しているわけです。そうしなければいつまで経っても本院ICTが分院まで出向いて解決しなければなりません。

Q5. 分院からはどのタイミングで相談が寄せられるのでしょうか。

堀:アウトブレイクが発生してから相談されても、手のうちようがない場合が多いので、相談の基準として、厚生労働省が平成23年6月に出した通達「医療機関等における院内感染対策について」に記載されているアウトブレイクを疑う基準の一歩手前の状況を自主ルールとしています。たとえば、多剤耐性菌が2人の患者から検出されればアウトブレイク一歩手前と見なして本院ICT に相談するよう申し合わせています。厚労省の基準では対策を立てている間に感染者が新たに発生したら届けを出さねばならず、時間的猶予がありません。早め早めの相談を促しているわけです。

抗菌薬使用の許可制・届出制を導入

Q6. 6病院で抗菌薬の適正使用のために許可制・届出制を行っています。その効果をお聞かせください。

堀:許可制・届出制はまず、浦安病院が2009 年度に導入しました。順天堂医院では、感染対策委員会の傘下にある抗菌薬適正化小委員会が主要起炎菌と推奨処方、臓器別の抗菌薬マニュアルを作成して適正使用を推進してきたのですが、さらなる病院感染管理体制の強化と、コンサルテーション体制の充実のために、抗菌薬委員会として独立をし、業務の柱のひとつとなりました。特定抗菌薬の届出制の導入は抗菌薬の使用を制限するものではなく、適正に使用するためのアセスメントを求めるものです。特定抗菌薬の届出と使用時アセスメントは、抗菌薬の適正使用の教育にも貢献します。電子カルテ上での注意喚起表示と電子カルテでの届出を可能にしたことで、届出の確認が迅速にでき、未届け患者ならびに処方医の確定を速やかに行い、電子カルテ上の掲示板に未届けの旨を記載するとともに、各診療科の担当薬剤師より処方医へ届出を促すことによって、各病院で著しい届出率の改善(95% 程度)が達成できました。

感染制御は組織論としての一面も

Q7. ICTの人材育成についてのお考えをお聞かせください。

堀:どんな資格もそうですが、感染管理についても学会の認定を受けただけではまだ一人前とは言えず、継続的に取り組むことでプロとしての資質が身に付きます。しかし、多くの病院が共通の悩みを抱えていると思いますが、現場での継続的なトレーニングが難しいのが実情です。前述した「病棟環境監査ツール」はICNの教育ツールとしても使えるものであり、事実、これを使っている本院のICNの意識と実力は大きく向上しており、彼女たちに牽引される形で分院のICNも力をつけています。
 もう一つ重要なこととして、検査・監査するという意識が強すぎると人間関係に支障をきたすことがあり、注意が必要です。チェックリストを使ってのチェックではともすれば欠点ばかりが目につくことがありますが、他院のスタッフをその所属長の前で叱責したりしたら信頼関係が損なわれます。互いの施設の欠点を指摘しあうばかりではなく、長所も学び合う姿勢と、うまくいっていないところがあれば、個人の問題ではなく、その病院の感染対策上の問題として皆で話し合う姿勢が求められます。他院の事例を参考にすることもよいでしょう。批判ではなく、改善の方法を探す方向に向けることが大切です。
 私は感染制御の科学的な手法については英国で学びましたが、その方法論はそのまま日本の病院組織に当てはめられるものではなく、やはり日本流にアレンジしなければなりませんでした。感染対策担当者は頭ごなしに解決を図るのではなく、あくまで解決の手段を指導する立場として、当事者に最後まで解決させるように立ち回る必要があります。感染制御は組織論としての面もあるのであり、人間関係の構築、他部署のスタッフや上層部にどう理解してもらうかも含めた、高いコミュニケーション能力と調整能力が必要なのです。

*「医療機関等における院内感染対策について」におけるアウトブレイクを疑う基準:1例目の発見から4週間以内に、同一病棟において新規に同一菌種による感染症の発病症例(バンコマイシン耐性黄色ブドウ球菌(VRSA)、多剤耐性緑膿菌(MDRP)、バンコマイシン耐性腸球菌(VRE)、多剤耐性アシネトバクター・バウマニについては保菌者を含む)が計3例以上特定された場合。あるいは、同一機関内で同一菌株と思われる感染症の発病症例(抗菌薬感受性パターンが類似した症例など)が計3例以上(上記の4菌種は保菌者を含む)特定された場合を基本とすること。