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Ignazzo Interview: 医療訴訟の基礎知識

2019年3月発行
掲載内容は、情報誌「Ignazzo(イグナッソ)」発行時点の情報です。

医療関連のニュースの中で医療関連感染、アウトブレイクなどの感染症に関係する事例は、散発的であるが継続的に見受けられる。ひとたびそのような事例が起きると、その処理にとても多くのリソース(人、金、時間)を費やすことになる。
また、訴訟問題にまで発展する可能性もあり、その解決には事例処理以上に多くのリソースが必要になる場合もある。
今号では医療訴訟の状況などに関して、医療訴訟に詳しい弁護士の助言を頂きながら“医療訴訟の基礎知識”としてまとめてみた。

民事第一審訴訟事件の概況

 民事第一審訴訟事件(全体)の新受件数は、平成18年以降に過払い金返還訴訟が多量に提起され急増し、平成21年にピークとなった(235,508 件)。その後は減少傾向が続いていたが、平成27年および平成28年は若干増加した。民事第一審訴訟事件(全体)の平均審理期間(事件の受理日から終局日までの期間の平均値)は、民事訴訟法の改正や審理期間短縮化の制度改革があったことから顕著に短縮し、平成28年には8.6ヵ月となっている。(図1)。
図1 民事訴訟第一審新受件数及び平均審理期間の推移1
図1 民事訴訟第一審新受件数及び平均審理期間の推移1)

医療訴訟の事件数と年間推移

 裁判所が新しく受けた医療訴訟の事件数(新受件数)は、平成11年頃から医療不信がマスコミ等で叫ばれ平成16年頃まで一貫して増加し1,089件まで達したが、その後減少に向かい、平成21年以降は年間800件程度で推移している(図2)。
図2 民事医療関係訴訟第一審新受件数及び平均審理期間の推移1)
図2 民事医療関係訴訟第一審新受件数及び平均審理期間の推移1)

医療訴訟の審理期間

 医療訴訟の平均審理期間も短縮傾向にある。前述の民事訴訟全体の審理期間短縮への取り組みに加えて、医療集中部の設置、鑑定制度の整備、専門委員制度の導入など医療訴訟の審理の充実や効率化を図る取り組みがなされたことによる(平成13年より東京地裁に医療訴訟を集中的に扱う医療集中部が設置され大阪地裁、千葉地裁、名古屋地裁、福岡地裁、横浜地裁、さいたま地裁など大規模庁に広がっていった)。ただし、医療訴訟は他の事件に比較して難しく、人証調べや鑑定等を実施する事件も多くあるので、平均審理期間は2年程度になり、一般の民事訴訟よりも顕著に長い(図2~3、表1~2)。

医療訴訟の終結

 訴訟の終結方法には、判決、和解、その他(取り下げ含む)の3種類があり、医療訴訟ではそれぞれ35.0%、53.3%、11.8%の割合になっている。他の訴訟に比べて和解による解決が多いことが特徴となっている。また、欠席判決で終局した事件がきわめて少ない(表3)。
 原告(患者)の請求が一部でも認められた割合(認容率)は20%前後で推移している(平成29年20.5%)。一般の民事事件での認容率は80%程度なので、比較すると認容率はかなり低いと言える。この認容率は一部でも請求が認められたものも含む数字である(1,000万円請求して100万円が認められた場合など)。実質的に原告の「勝訴」と評価できるような判決結果となったものはさらに低いものと考えられる。医療訴訟の認容率が低い理由は、専門知識や診療情報が医療機関に偏在しており、過失や因果関係を原告(患者側)が立証することには困難があるからと推測される。
 認容率の低さとの関係を直接的には言えないが、医療訴訟での上訴率は一般の民事事件より顕著に高い水準である(図4)。その結果、一般的な民事訴訟よりも審理期間がさらに長くなる。
 和解の内容に関しては統計がない。裁判上の和解は、争点整理が終わった段階でする場合も、証人尋問を経て裁判所の心証が固まった段階でする場合もある。医療機関に過失が認められないことを前提にお見舞金程度(0円での和解もある)を医療機関が患者側に支払うものから、診療行為には過失はないが「説明義務違反」などを根拠に比較的低額の和解金を支払うもの、医療機関側が責任を認め患者側に請求額にかなり近い和解金を支払う場合まであり、和解内容は千差万別である。
表3 医療関係訴訟および民事第一審訴訟事件の終局区分別の既済件数および事件割合1)
表3 医療関係訴訟および民事第一審訴訟事件の終局区分別の既済件数および事件割合1)
出典:最高裁判所事務総局(裁判の迅速化に係る検証に関する報告書 平成29年7月)30ページ

図4 医療関係訴訟及び民事第一審訴訟事件の上訴率の推移1)
図4 医療関係訴訟及び民事第一審訴訟事件の上訴率の推移1)

感染症に関連する医療訴訟に関して

 起炎菌としてはMRSAが最も多く、次いで緑膿菌が続く。患者背景は術後の患者、次いで新生児が多い。また、転帰に関しては死亡が最も多く、次いで後遺症の残存が多い傾向にある。
 感染症に関連する医療訴訟の争点としては、感染の予防に係る内容と感染後の対応・対策に係る内容の2つに大きく分かれる。
 感染の予防に係る内容には、医療機関としての感染対策と医療者個人の感染対策、特に清潔操作等があげられる。
 医療機関の感染対策としては、以下の内容等が争点になる。

・ 院内感染対策委員会が定期的に開催されている
・ 院内感染対策マニュアルを策定し、各種感染予防策を整備し、適宜見直している
・ 感染予防策の教育も頻回に行われている


 これらの記録を保存しておく必要性は言うまでもない。医療者個人の感染対策としては、特に清潔対策の内容等が争点になる。医療行為の前に十分な手指消毒をしているかの記録化は困難である。医療者個人の清潔操作に疑念を持たれたとしても、自信を持って普段から清潔操作を行っていると主張するしかないが、そのためにはいつも同じように清潔操作を行い続けることが重要となる。
 感染後の対応・対策としては、検査の実施状況や抗菌薬の選択等が争点になる。抗菌薬の選択等の医療行為が診療ガイドライン等に沿っているかどうかの検証がなされる。

 医療訴訟は医療機関側の過失に基づいて行われる場合より、患者側の医療機関への不信感から行われる傾向が高いと思われる。日頃から感染症診療、感染症対策に自信を持って適切なことを行い、患者に対しても適切に説明を行うことが重要と考える。また、訴訟が起こされたとしても裁判所に対して適切な医療をしていると堂々と主張できるようにしておくことが重要と考える。

(文責:日本BD 天野 泰彦)

参考文献

1) 裁判の迅速化に係る検証に関する報告書(裁判所の公表資料より)
http://www.courts.go.jp/about/siryo/hokoku_07_hokokusyo/index.html