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Ignazzo Interview: CREアウトブレイク克服の経験から
院内意識改革と地域連携強化を図る ~長崎大学病院検査部が語る当時・現在・未来~

2019年10月発行
掲載内容は、情報誌「Ignazzo(イグナッソ)」発行時点の情報です。

長崎大学病院 検査部
栁原 克紀(長崎大学大学院医歯薬学総合研究科 病態解析・診断学分野 教授/長崎大学医学部 臨床検査医学 教授/長崎大学病院 検査部部長)、写真左端
森永 芳智(長崎大学大学院医歯薬学総合研究科 病態解析・診断学分野 講師)、写真左から2番目
木村 由美子(副臨床検査技師長)、写真中央
松田 淳一(副臨床検査技師長)、写真右から2番目
赤松 紀彦(微生物検査室主任)、写真右端

 長崎大学病院は2014年末から2015年はじめに起きたカルバペネム耐性腸内細菌科細菌(Carbapenem-resistant Enterobacteriaceae: CRE)のアウトブレイクのために新生児集中治療室(NICU)および新生児治療回復室(GCU)の受け入れを一時中断しましたが、その後対策を講じたことで、1ヵ月半後に受け入れを再開しています。CREについての情報が多くなかった当時に対策に当たった同院検査部の栁原克紀先生およびスタッフの先生方に、当時の状況と実施した対策、この経験からの教訓を語っていただきました。

CREアウトブレイクによりNICU/GCUを閉鎖しての消毒・清掃と改修工事を実施

Q1 長崎大学病院における感染制御体制と検査部の役割についてお聞かせください 。
栁原 実働組織として感染症専門医(ICD)4人、感染管理看護師(ICN)2人、感染制御専門薬剤師(ICPM)4人、認定臨床検査技師(ICMT)3人、事務員1人で構成される院内感染対策チーム(ICT)が院内感染対策を担当しています。また、ICTからの報告を受けて、病院長のもとに、感染制御部、看護部、薬剤部、事務部、検査部、呼吸器内科や小児科など感染症に関連する診療科の部長が月1回程度集まっての院内感染対策委員会(ICC)が感染対策の方針を決定しています(図1)。
 検査部は、血液培養陽性例、新規MRSA検出例、薬剤耐性菌検出例、インフルエンザなどのウイルス抗原検査陽性例、抗酸菌塗抹陽性例およびPCR陽性例、その他重症と思われる感染例について毎朝のミーティングで報告するとともに、週報を作っています。また、ICT会議を月1回、院内講習会を年2回行っています。

図1 長崎大学病院の感染対策組織(左)と報告体制(右)
図1 長崎大学病院の感染対策組織(左)と報告体制(右)
病院長を委員長とするICCが最終意思決定機関。実務機関としてのICT会議では、感染対策の現況報告や施策の周知を図る。長崎大学病院の特徴としては、ICT会議のなかにコアICTとして感染対策専従者および専任者などから構成される感染制御教育センターを中心とする専門知識を有する職員を位置づけている。コアICTは日常的な感染対策施策の立案、実施、確認、見直しを行うとともに、問題が発生した場合には軽重を判断し、全病院的な検討の必要性についても判断。アウトブレイク発生時には、中心となって病院内感染対策を検討、立案し、対策を実施する。

表1 CREの検出基準
Q2 2014~15年のCREアウトブレイクの概要をお聞かせください。
松田 2014年9月に病棟患者の喀痰、便、気管チューブからメタロβラクタマーゼ(MBL)産生型CREが検出され、この時点では発生病棟と菌株が異なっていたためにCREアウトブレイクとは判断できませんでした。当時のわが国はCREの脅威を海外ほど強く認識していなかったことも背景にあると言えるでしょう。
 同年末にCREアウトブレイクが示唆され、折しも同時期(2014年9月)に厚生労働省がCREを5類感染症として判定基準を定めており(表1)、当院もこの基準に則ってCREを検出し、カルバペネマーゼ産生腸内細菌科細菌(CPE)かどうかの追加試験を行って、毎朝のICT会議に報告することにしました。すべての病棟患者とNICU/GCUの患児に咽頭・鼻腔・便からのスクリーニングを行い、CREを複数検出したことで保健所に報告しました。
 NICUとGCUでの検出が16人と高かったことで*、翌2015年2月にNICU/GCUの新規患児の受け入れを中止しました。長崎県の周産期医療は当院に大きく依存しており、新生児の命が危険にさらされるリスクがありましたが、当院はCREアウトブレイクを重く捉えてこの決断を下しました。
 患児がすべて退室した3月末にNICU/GCUの消毒・清掃、ゾーニングの見直しからの改修工事を行いました。同時に手指衛生の徹底など40項目以上におよぶ改善策に取り組み、外部の感染対策専門家、周産期医療にかかわる医師、弁護士などが構成する第三者委員会の協力も仰いだことで、1ヵ月半後の4月中旬にはNICU/GCUともに受け入れを再開しました。
栁原 海外ではCREの脅威に対して警鐘が鳴らされていましたが、当時のわが国ではまだ一般的に知られていなかったことで、決断と行動に多少時間がかかったことは否めません。また、受け入れ中止は周産期に関わる周辺の施設に多大な負担をかけてしまい、メディアに報道されたことでも患者さんと関係者にご心配をおかけしました。1ヵ月半で再開できましたが、もしも事態が数ヵ月間続けば、その影響は甚大なものになっていたでしょう。

*新生児16人のうち感染症として2人を届け出ており、2人はいずれも全快している。他の14人は感染症を発症していない。

CREアウトブレイク対策における検査部の役割

Q3 一般的に国内CREの検出は困難と言われておりますが、検出の経緯をご説明ください。
赤松 栁原先生が説明されたように、5類感染症であるCREは検出基準が定められています(表1)。検出に用いるメロペネム、イミペネム、セフメタゾールの薬剤感受性試験が実施できる施設であればCREは検出できます。
 一方、カルバペネム耐性腸内細菌科細菌(CRE)と、カルバペネム分解酵素(カルバペネマーゼ)を産生するカルバペネマーゼ産生腸内細菌科細菌(Carbapenemase-producing Enterobacteriaceae: CPE)は混同されがちですが、両者は同義ではなく、治療および感染対策上、CPEのほうがより大きな問題になってきます(図2)。
 CPEの多くは同一株が垂直伝播することに加えて、耐性遺伝子はプラスミドを介して水平伝播する可能性があり、しかも菌種を超えて伝播する性質があります。初めは複数菌種が散発するような現象で始まることでアウトブレイクに気付きにくく、気付いた頃には水面下で複数菌種が増えています。初期対応を遅滞なく確実に行うことが重要であり、CRE が1株でも検出された場合は厳重な監視体制とモニタリング、情報提供が必要です。
 わが国にはMIC値によるCPE検出基準はなく、実際には当院はじめ多くの施設が、まずはCREの基準で検出した後に、酵素活性の測定や耐性遺伝子の検出などを精査してCPEか否かを判定しています。2015年のアウトブレイクでは検査法も現在ほど充実しておらず、我々はLAMP法を採り入れました。MIC値のみではカルバペネム系抗菌薬に対するMIC値が低い菌種をうまく検出できず、見逃すリスクがあります。見逃しを回避するためにはMIC値にとらわれることなく、すべての腸内細菌科細菌におけるCPE検査が必要になってきます。

図2 CREとCPEの特徴
カルバペネム耐性腸内細菌科細菌(CRE)は、カルバペネマーゼ産生(CPE カルバペネム系薬を加水分解・不活化して広範のβ-ラクタム系薬に耐性化する)とカルバペネマーゼ非産生(排出ポンプの機能亢進、または外膜蛋白ポーリンの欠損もしくは透過能の減少した菌株が同時にセファロスポリナーゼ(AmpCもしくはESBL)を産生することで耐性化)が存在する。

危機克服の経験から院内の意識向上と地域連携強化につなげるために

Q4 CREアウトブレイクという厳しい局面を乗り切ったことで、感染管理に対する院内の意識に変化などはありましたか。
栁原 院内における周知が図られ、メディアによる報道もされたことで、職員の意識が変わったことは間違いありません。現在も院内情報システムのトップページに耐性菌検出状況を掲載しています。また、ICTとICCが職員および患者さんへの情報提供と啓発活動を行っています。報道と言えば、こうした事態でのマスコミ対策も重要です。感染の報道は誤りや推測が紛れ込みやすく、できる限り事実を公表することで正しい情報の報道を促すことが求められます。
木村 私もこの経験から感染対策としてのCREの重要性を再認識したとともに、関連病院の検出状況に注意するようになりました。院内では手指衛生が強化され、至るところに手指消毒剤のボトルが置かれています。アウトブレイクを経験したことで職員は感染対策に真摯に向き合っており、一部の看護師は腰から手指消毒剤のボトルを吊り下げて、こまめに手指衛生を行っています(図3)。

図3 アウトブレイク後の感染対策
①手指消毒用ポシェット
②患者待合室の清掃風景
③④心電図検査室の入り口にも手指消毒用ボトル設置

Q5 長崎大学病院は近隣施設での治療や手術を引き継ぎ、県内の周産期高度医療も担っていることで耐性菌の「持ち込み」も想定されます。他施設との連携についてお考えをお聞かせください。
栁原 感染防止対策加算Ⅰの当院は加算Ⅱの連携施設と密に情報交換しており、連携を深めています。連携施設は「加算Ⅰ施設の大学病院でもアウトブレイクは起きる。我々の施設で起きたら事態はより深刻になるだろう」との認識で臨んでいます。長崎県はもともと長崎大学病院を中心とした連携は強く、2006年には県内の耐性菌の分離状況を把握し、耐性菌の伝播拡散を防止することを目的に、それぞれの地域の基幹病院から構成される「長崎県薬剤耐性菌調査ネットワーク」を設立しています。今回の件によって、それまで県内の微生物の専門家が危惧していたCREアウトブレイクの脅威が、臨床現場でも強く認識されたと言えるのであり、年間6回の勉強会とサーベイランスを行うなど、連携はさらに強化されたと感じています。
 不幸にして提携施設でアウトブレイクが起きた場合には、依頼を受けた当院ICTが積極的に介入しています。このような事例は少なからずあり、その結果、連携がより深まっているものと思われます。

Q6 検査部としてCREアウトブレイク防止のための留意点は何でしょうか。
森永 CRE感染は腸内細菌による感染症であり、健常者の腸内環境において特に有害ではなく症状を呈しないことで、発見が遅れてしまいます。今回のアウトブレイクでも多くの場合、CREは無症状で腸管に保菌されていました。こうした保菌者は届け出の対象ではありませんが、院内感染対策上きわめて重要です。したがって、どうスクリーニングを行い、保菌者をどれだけの期間監視すべきかが課題になってきます。また、検体検査が検査部の主任務ですが、アウトブレイクを起こした場合などでは環境中にCREがどれだけ潜んでいるかの環境調査の面での支援も必要になってきます。
木村 常に「私たち臨床検査技師がCREなどの耐性菌を見つける最後の砦である」との意識を持ち、耐性菌のスクリーニング検査など必要な検査は可能な限り行うことが重要と考えています。ICTメンバーだけでなく、検査室内でもスタッフ間で情報の共有を積極的に行い、スタッフ全員が共通の認識を持つことが必要です。そのための知識や経験などのスキルも同時に向上させていかなくてはなりません。最新の遺伝子検査機器や最新の試薬に関する情報を把握し、積極的に採用することも重要です。
松田 検査部スタッフは全員、1回でも検出されたら迅速に連絡すべきことが徹底されており、週末であってもすぐに報告が来ます。
森永 大学病院である当院には微生物検査室を備えているので迅速に検出でき、対応できていますが、中小規模の施設では微生物検査室を持っていないところも多く、あるいは閉鎖を検討しているところもあると聞いています。しかし、感染対策上、微生物検査室は非常に大きな役割を担っていることを認識していただきたいと思います。
栁原 2015年の経験から私は「院内感染対策に必要な検査は必要経費であり、積極的に行うべき」との認識を新たにしました。必要な検査を怠ったことでアウトブレイクを起こして病棟が閉鎖したら、莫大な損害になることを心得ておくべきです。そうならないためにも常日頃よりサーベイランスを行うだけでなく、検査部で実施できる検査の限界や問題点、さらには解釈まで、I CTと情報を共有しておく必要があります。また、どのような検査をどのタイミングで行い、どのように報告を行うかの報告体制(時間外、休日夜間の報告など)をはっきりさせておくことが求められます。