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I's eye:淋菌 Neisseria gonorrhoeae

2019年10月発行
掲載内容は、情報誌「Ignazzo(イグナッソ)」発行時点の情報です。

淋菌について

図1 淋菌のグラム染色像
図1 淋菌のグラム染色像
 淋菌(Neisseria gonorrhoeae )はナイセリア属のグラム陰性双球菌である(図1)。ナイセリア属は淋菌の他に髄膜炎菌( N.meningitidis )や口腔内に存在する常在菌( N.cinerea, N.lactamica , 等)が知られており、病原性のあるものは淋菌と髄膜炎菌である。
 淋菌の全ゲノムDNA解析結果が報告されており、環状DNAの大きさは約2.2×106 bp、ORFが約2,600、約4.1×103 bpのプラスミドDNAを持つ1)。病原因子には、線毛、PorやOpa, Rmpなどの蛋白質, IgAプロテアーゼなどがあり、人の細胞への付着や感染性などに関与している2)
 淋菌は性行為で感染し、主に男性の尿道炎、女性では子宮頸管炎の原因となる他、感染部位によって結膜炎、咽頭感染、直腸感染などにもなる。近年ではオーラルセックスの増加に伴って咽頭感染が増えており、性器淋菌感染者の10~30%に咽頭からも淋菌が検出されている3)

疫学

 本邦において淋菌感染症は5類感染症定点報告の対象になっており、平成11年~平成30年(2018年)までの報告件数は下図の通りである(図2)。平成14年に約22,000件となったのを境に年々減少し、近年では約8,000件程度で推移している4)
 一方、米国CDCによる性感染症サーベイラインス結果では、米国での淋菌感染者は1970年代後半には100万人を超えていたが、その後は減少し2009年には約30万人になった。しかし、2017年の報告数は555,608人と、2009年から75.2%の増加になるなど、近年は増加傾向にある5)
 また、本邦を含めて世界的に淋菌の多剤耐性化が問題となっている。2009年にセフトリアキソン耐性株が本邦で発見され6)、以後他国でも報告されており、警戒されている。

図2 厚生労働省 性感染症報告数より淋菌感染症部分のデータを引用 https://www.mhlw.go.jp/topics/2005/04/tp0411-1.html

検査/診断

 淋菌の診断は臨床症状に加えて、淋菌の検出を行う。感染部位に応じて、男性初尿、子宮頸管擦過物、男性尿道擦過物、咽頭(擦過またはうがい液)、直腸擦過物、結膜分泌物、関節液、血液、などが検査対象検体となる。検査方法は塗抹鏡検、培養の他、核酸増幅法も利用可能である。淋菌は環境抵抗性が弱く容易に死滅してしまうため、検体採取や保存条件が培養の感度に影響する。この点を補い、簡便・高感度に実施できるのが核酸増幅法である。現在、複数のメーカーから異なる核酸増幅方法で体外診断用医薬品が市販されている。ただし、保険適用を有する検体種は男性初尿、子宮頸管擦過物、男性尿道擦過物、咽頭(擦過またはうがい液)であり、対応検体種は製品ごとに若干の違いがある。下記に検査方法の概要を示す(表1)。
 培養や同定方法、検査方法についての詳細は淋菌検査マニュアル7)などを参照されたい。

表1 検査方法 

治療

 淋菌は多くの薬剤に耐性化傾向を示しているため、淋菌感染症の治療はセフトリアキソン(CTRX)またはスぺクチノマイシン(SPCM)が有効な薬剤とされている。しかし、SPCMは咽頭への移行が劣るために咽頭感染には利用不可となっている。その他、アジスロマイシンも利用可能であり、薬剤感受性の低下や耐性株の報告があるものの、他の推奨薬によるアレルギーがある場合に選択肢とされている。治療に関する詳細はガイドライン3)を参照されたい。

おわりに

 尿道炎は淋菌性尿道炎の他、非淋菌性尿道炎に分けられ、非淋菌性尿道炎は原因微生物によってクラミジア性と非クラミジア性に分かれる。非クラミジア性の場合は、トリコモナスやMycoplasma genitaliumなどが要因として挙げられている8)
 淋菌の多剤耐性化の他、M. genitaliumの薬剤耐性化も問題視されており、これらを防ぐためには臨床現場での原因微生物の迅速診断と、それに応じた適切な抗菌薬投与、いわゆる抗菌薬適正使用が望まれる。しかし、現時点では尿道炎の原因となる複数の原因微生物を同時に検出するシステムについて体外診断用医薬品が存在せず、保険収載もないため、実施する場合は研究用試薬を利用することになり、簡便には実施できない。今後は測定方法の技術革新と共に、保険収載されるなどの制度面での整備も課題である。

(文責:太田 嘉一)

参照

1) Gyung Tae Chung, Jeong Sik Yoo, Hee Bok Oh, Yeong Seon Lee, et al. Complete Genome Sequence of Neisseria gonorrhoeae NCCP11945 JOURNAL OF BACTERIOLOGY. Sept. 2008, Vol. 190, No.17, p.6035–6036
2) Hill SA, Masters TL, Wachter J. Gonorrhea – an evolving disease of the new millennium. Microbial Cell. Sep 2016. Vol 3, No.9, p 371-389.
3) 性感染症 診断・治療ガイドライン 2016
4) 厚生労働省 感染症報告数 https://www.mhlw.go.jp/topics/2005/04/tp0411-1.html
5) Sexually transmitted disease surveillance 2017
6) Makoto Ohnishi,1 Daniel Golparian,2 Ken Shimuta,1 Takeshi Saika, Is Neisseria gonorrhoeae Initiating a Future Era of Untreatable Gonorrhea?: Detailed Characterization of the First Strain with High-Level Resistance to Ceftriaxone Antimicrobial Agents and Chemotherapy, July 2011, Vol.55, No.7, p. 3538–3545
7)淋菌 Neisseria gonorrhoeae検査マニュアル 国立感染症研究所
8)JAID/JSC感染症治療ガイドライン2018 — 男性尿道延とその関連疾患