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抗菌薬適正使用の医療経済効果 -海外の最新事例報告から-

必見!諸外国医療経済事情
2019年10月発行
掲載内容は、情報誌「Ignazzo(イグナッソ)」発行時点の情報です。

明治薬科大学 公衆衛生・疫学研究室 赤沢 学

l. 薬剤耐性(AMR)によるCost of Illnessの推計

 薬剤耐性(AMR)アクションプランでは、AMR感染による追加的医療費は総額1700億円(協力病院1133施設で換算すると1病院あたり約1.5億円)であり、抗菌薬の適正使用を推進することで、それを上回る金額(1年目に1.5億円、2年目に3.0億円)が削減できると示されている1)。このように、ある健康被害によって生じる医療費や社会費用を推計することをCost of Illness(COI)と言い、その健康被害を防ぐことの重要性を示し、それを避けるための手段や介入の経済価値を示すことができる。
 ただし、AMRの関連費用に関しては様々な報告があり、その金額は数億円から100兆円規模とバラツキが大きく、なんとなく健康被害の重大さを実感しにくい。実際、AMRのCOI研究をまとめた総説によると、AMRによって入院期間延長や費用追加が認められるが、その結果は表1に示したように実施国、実施年、耐性菌の種類(MRSA、ESBLなど)並びにバイアス調整の有無によって大きく異なる2)。AMRによる経済的損失を正しく理解するためには、どのような方法でCOI研究が行われているか、バイアスを適切に調整しているかを考慮しなくてはいけない。我が国で行われた研究報告では、バイアスを調整した上で、非MRSA感染と比べた場合、MRSA感染では追加コストとして入院日数の延長(13.1日)や医療費の増加(107万円)が発生すると推定している3)。アクションプランに示されたAMR感染による経済的損失はこのような研究を参考に推計されている。

表1 AMRによる追加入院日と費用のまとめ
MRSA: Methicillin-resistant Staphylococcus aureus(メチシリン耐性黄色ブドウ球菌)
3GCREB: Third generation cephalosporin-resistant enterobacteriacae (第3世代セファロスポリン耐性腸内細菌)
ESBL: Extended-spectrum β-lactamase (基質特異性拡張型βラクタマーゼ)
VRE: Vancomycin Resistant Enterococci (バンコマイシン耐性腸球菌)
Woznia 2019から作表、2019年6月時点の為替相場で日本円に換算

ll. .抗菌薬適正使用支援プログラム(ASP)の経済価値評価


図1 ASPの価値評価のフレームワーク(Nathwani 2019 から作図)

表2 ASPによる患者アウトカムと費用に関する効果
Nathwani 2019 から作表、2019年6月時点の為替相場で日本円に換算
 また、病院での抗菌薬適正使用支援プログラム(ASP)の経済価値を評価する研究も数多く報告されている。2014年から2017年に報告された146報の論文をまとめた総説によると、ASPとして、治療内容のレビューとフィードバック(82報)、治療ガイドライン作成(37報)、教育活動(18報)、事前承認(15報)、迅速診断(11報)などが実施されており、そのメリットをどのように評価しているかがまとめられている4)。それによると、ASPの経済価値は抗菌薬使用量、患者アウトカム、費用の3つの側面で研究されている(図1)。我が国で行われた研究報告でも、抗菌薬使用量、入院期間、医療費の削減については評価されている5)。しかし、患者アウトカムである死亡まで加味した分析はない。
 また、これらの経済価値の内訳をみると、入院期間(5日増加~21.9日減少)だけでなく死亡(11%増加~18.1%減少)や再入院リスク(8.6%増加~12.0%減少)など患者アウトカムに大きなバラツキがあるものの、ASPの真の効果を患者視点でわかりやすく示している。また、費用に関しても、ASP対策費用(27万円~433万円増加)も加味した上で、抗菌薬費用(51.5%増加~80.1%減少)や入院費用(199万円~21,156万円減少)と比べることで、その投資価値を確認している。ただし、単に費用削減になれば良いわけではない(表2)。

lll. ASPの経済価値評価手法と課題

 実際は、ASPにかかる費用とそれによって期待できる効果を具体的に比べることによってASPの費用対効果を評価することが重要である。スペインの病院で行われた先行研究によると、ASPにかかる費用、感染率、死亡率を短期(1年間)と長期(3年間)に分けて分析している6)。ASPとしては、抗菌薬使用制限、コンサルテーション、デ・エスカレーション計画書作成と実施、抗菌薬使用実態の再評価、コンピュータによる処方支援などが評価されていた。この分析では、医療保険システムの視点で、直接医療費のみを考慮していた。また、ASPによって防ぐことが可能な敗血症、市中肺炎、さらに医療関連として、人工呼吸関連肺炎、カテーテル関連血流感染、尿路感染並びにそれらによる多剤耐性菌を含むシナリオを作り、短期であれば判断樹モデル(図2)、長期であればマルコフモデルという手法を使って、費用、感染、死亡データを統合して分析している。
表1
図2 短期予想のために使われた判断樹モデル
 使用したデータに関しては、主に国内の先行研究データを活用し、不足または不確実なデータについては仮定値を用いた上で、その影響を感度分析で確認している(表3と4)。その結果、多剤耐性菌を抑えるに必要な費用は1例あたり90万円、死亡率を考慮して1年間長く生存するに必要な費用は120万円と推定されている。また、感度分析の結果、バラツキを考慮しても90%以上の確率で費用対効果は98万円以下になると説明されている。
 この分析結果より、抗菌薬の削減費用も重要だが、耐性菌発生を予防することで感染管理にかかる費用、入院日数や死亡などの患者アウトカムの改善が期待できることが示されている。また、この研究では分析に含まれていない機会費用(生産性損失)をまで考慮することで、ASPのより大きな経済価値が明らかになると考えられていた。一方で、このような費用対効果研究は、国や医療制度によって治療コストや人件費が大きく異なること、また、病院の規模によってもASPの効果は異なることから、それぞれの国や医療環境で同様の研究を行うことが、ASPの経済価値を見える化し、より効果的なものにできると考察している。

表3 ASPの費用対効果評価に使われた先行研究データ

表4 費用対効果のために使われた仮説値と感度分析のための範囲

本稿は、諸外国で行われた経済評価論文を中心に最新情報をまとめた。我が国でも、このような先行研究を参考に、質の高い費用対効果を実施していくことでASPの経済価値を示すことができ、ASPの理解が深まるとともに、さらに普及することと思う。

引用文献

1) 厚生労働省 薬剤耐性(AMR)対策アクションプラン 2016-2020、国際的に脅威となる感染症対策関係閣僚会議 2016年4月5日 https://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-10900000-Kenkoukyoku/0000120769.pdf
2) Wozniak TM, Barnsbee L, Lee XJ, Pacella RE. Using the best available data to estimate the cost of antimicrobial resistance: a systematic review. Antimicrob Resist Infect Control. 2019 Feb 1;8:26. doi: 10.1186/s13756-019-0472-z. eCollection 2019.
3) 高木康文, 福田治久. MRSA感染症における追加的医療資源の推計. 日本環境感染学会誌 31(3) 173-180 2016年5月
4) Nathwani D, Varghese D, Stephens J, Ansari W, Martin S, Charbonneau C. Value of hospital antimicrobial stewardship programs [ASPs]: a systematic review. Antimicrob Resist Infect Control. 2019 Feb 12;8:35. doi: 10.1186/s13756-019-0471-0. eCollection 2019.
5) Niwa T, Shinoda Y, Suzuki A, Ohmori T, Yasuda M, Ohta H, Fukao A, Kitaichi K, Matsuura K, Sugiyama T, Murakami N, Itoh Y. Outcome measurement of extensive implementation of antimicrobial stewardship in patients receiving intravenous antibiotics in a Japanese university hospital. Int J Clin Pract. 2012 Oct;66(10):999-1008. doi: 10.1111/j.1742-1241.2012.02999.x. Epub 2012 Jul 31.
6) Ruiz-Ramos J, Frasquet J, Romá E, Poveda-Andres JL, Salavert-Leti M, Castellanos A, Ramirez P. Cost-eectiveness analysis of i