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新型コロナウイルスの影響下における抗菌薬適正使用の課題

2020年9月発行
掲載内容は、情報誌「Ignazzo(イグナッソ)」発行時点の情報です。

国際医療福祉大学医学部感染症学講座 主任教授 松本哲哉

2020年6月11日、The New York Timesに「新型コロナ感染症の後に起こる耐性菌パンデミックの脅威」と題した記事が掲載されました。新型コロナウイルス感染症患者の治療に携わる医師たちが広域の抗菌薬を使用した結果、生命に関わる二次的な細菌感染のリスクが高まる可能性が懸念されています。WHOもパンデミック下の抗菌薬の使用量増加により細菌の耐性が深刻になり、死者の増加につながる可能性があると警告しました。このように新型コロナウイルス感染症への対応が注目されている中で、陰に潜む薬剤耐性(AMR)拡大への懸念について、国際医療福祉大学の松本哲哉先生にお話しいただきました。

■AMRの現状

Q1臨床現場では、AMRをめぐって何が起きているとお考えでしょうか。

今後、耐性菌の広がりや増加は十分に起こり得ると考えています。ウイルス感染の初期段階では基本的に細菌性の感染の関与はほとんどありませんが、長期化することで二次性の細菌性肺炎が混在してくる場合があります。新型コロナウイルス感染症肺炎は症状が多様であり、ウイルス感染との鑑別が困難な細菌性肺炎の合併が疑われる所見がみられることもあります。こうした症例では、細菌感染の合併がさらなる症状の悪化を来す可能性が考えられるため、抗菌薬を投与せざるを得ません。抗菌薬の使用頻度の増加や長期間の投与は、結果的に緑膿菌やアシネトバクターなどの耐性度が高い細菌による感染リスクを高め、それらが原因で亡くなる場合もあります。治療する側は細菌性肺炎を合併する可能性について注意を怠らないようにしなければいけませんが、その反面、耐性菌のリスクも踏まえて抗菌薬投与の是非や薬剤選択を慎重に行う必要があります。現在、本邦では外来を受診する患者の減少により全体として抗菌薬の使用量は減ってきています。しかしながら、新型コロナウイルス感染症患者が減少し、多くの病院が以前の体制になるべく早く戻そうとして動き始めると 、今後は外来・入院を含めて抗菌薬の処方が再び増加することが予測されます。

■AMR対策アクションプランのあり方

Q2パンデミック以前における評価をお聞かせください

国立国際医療研究センター病院のAMR 臨床リファレンスセンターは、パンデミック以前はAMRのリスクについての医療従事者や一般の方に向けた啓発活動として、ホームページからの情報の発信、啓発ポスターの作成や地域における講習会の開催、学校での講義など様々な活動を行ってきました。私も感染症教育コンソーシアムのメンバーとして活動の評価に関与してきましたが、これらの活動を継続して行った結果、経口抗菌薬の処方量は近年、減少傾向を示しており、医師の抗菌薬処方の考え方に変化が生じてきていると思います。しかしながら一般の方へのアンケートでは、風邪にも抗菌薬の処方が有効と考える割合などには大きな変化が見られませんでした。一般の方のAMRに対する認知度や関心は医療従事者ほど高くないと思われるため、さらに分かりやすいアピールが必要かと思われます。

Q3パンデミック収束後はどのようなAMR対策が必要でしょうか?

新型コロナウイルス感染症はすぐに収束するのは困難だと思われます。そのため今後しばらくは、新型コロナウイルス感染症の存在を前提としたAMR対策アクションプランを考える必要があります。感染症が疑われる患者においては、新型コロナウイルス感染症か否かがまず重視されると思われるため、その判断を迅速に行える検査体制を整える必要があると考えています。さらに肺炎例などでは細菌感染のリスクも考慮して抗菌薬の投与を行うかどうかを適切に判断する必要があります。そのため、今まで以上に微生物の検査体制を充実させなければいけないと思います。具体的には24時間、365日の検査体制、院内での検査の実施、遺伝子検査の充実などが挙げられます。新型コロナウイルス検査に対する検査方法の開発や体制整備が急ピッチで行われてきたように、薬剤耐性菌に対する検査も充実させていくべきだと思われます。特に新型コロナウイルスにはPCRなどの遺伝子検査が標準的な検査として位置付けられ、広く取り入れられています。その一方で耐性菌の検査は従来の感受性検査に基づく方法が標準的な方法として継続されており、遺伝子検査を取り入れて診断している施設は限られていると思われます。

■インフルエンザシーズンにおける検査体制

Q4検査時に起こり得る問題点についてお話しください。

新型コロナウイルスの感染が収まらない状況では、インフルエンザが疑われる患者の検査においても感染対策を徹底することが求められると思います。そのため、クリニックなどでは発熱を認める患者に対して、インフルエンザの検査を実施するのも困難な状況になる可能性があります。また、検査が困難となった場合、「臨床症状からインフルエンザが疑われれば、抗インフルエンザ薬を処方して経過をみる」ことも選択肢にならないとも限らず、抗インフルエンザ薬が過剰に処方される可能性も考えられます。加えて細菌性の感染が否定できない場合、抗インフルエンザ薬と抗菌薬を同時に処方することもあり得るため、感染症診療の基本的考え方が覆される可能性もあります。しかしながら、すでに国内でも各種の検査を対象に承認に向けた手続きが進められている鼻腔拭いを用いた新型コロナウイルスの検出が可能になれば、患者自身で検体を採取することも可能となり、クリニックでも検査の実施が容易になると推測されます。

■パンデミック下における感染症検査方法

Q5新型コロナウイルス感染症確定例で他の感染症を合併した経験は実際にありますでしょうか?

経験はありますが、症例数が少ないために割合は明確には答えられません。当院における新型コロナウイルス感染症患者の中で、細菌性肺炎の合併を疑われる患者は1~2割程度です。軽度から中等度の肺炎の場合は抗菌薬を投与しない患者も少なからずいます。しかし、重症肺炎では細菌性肺炎の合併による悪化のリスクに配慮する必要があります。細菌性肺炎の合併が疑われる場合は喀痰培養や血液培養を積極的に行います。血液培養については、すでに標準的な検査として、各診療科の先生が積極的に行ってくれています。

Q6パンデミック収束を見据えた術前検査のあり方について、先生のお考えをお聞かせください。

新型コロナウイルスに関する術前検査のニーズが高まっています。当院では、新型コロナウイルスの感染の有無を全ての患者を対象に入院前に確認しています。加えて、呼吸器内視鏡や消化器内視鏡などの検査を受ける方も対象となります。実際にこの対応を取ることによって、これまで無症状の新型コロナウイルス陽性例を何例か入院前にキャッチして院内での広がりを防ぐことができました。
今後、パンデミックが収束したら、次に耐性菌のリスクに対する配慮も必要になってくると思われます。特に海外から直接、当院に入院目的で来る患者もいるため、その場合は、便、尿、口腔、鼻腔、皮膚などの検体を採取し、耐性菌の有無を確認しています。これらの検査は現時点では培養検査を実施していますが、さらに遺伝子検査によるスクリーニングも検討している段階で、特にカルバペネマーゼ産生菌の判別も含めて基礎的検討を進めています。

■感染症専門医、感染症対策のあり方

Q7感染症専門医不足について、今後どのような政策・活動を望まれるでしょうか。

感染症専門医に関しては新型コロナウイルス感染症の影響を受けて、急激に注目を集めていますが、不足している状況が明らかになっても解決するには少なくとも5~10年は必要だと思われます。幸いなことに、多くの若手医師が感染症に興味を持ってくれるようになってきましたが、感染症専門医を育てる体制は整っていません。そのため、現時点では感染症に興味を持っている各診療科の医師をトレーニングして、それぞれの場で活躍してもらう方策も考えられます。それにより、感染症の専門医でなくても、各医療機関で抗菌薬の適正使用を推進する原動力になってもらえると思われます。それらのために、今後それぞれの専門領域にこだわらず興味を持っている医師を対象に研修プログラムを作成し、研修後は自施設内で感染症診療に貢献してもらうことを検討しています。