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I's eye:広東住血線虫と野生鳥獣肉が関わる寄生虫症

2022年12月発行
掲載内容は、情報誌「Ignazzo(イグナッソ)」発行時点の情報です。

獨協医科大学 埼玉医療センター 臨床検査部 教授 春木 宏介

はじめに

 近年、野生鳥獣肉、いわゆるジビエ(gibier 仏)がブームとなっている。ジビエとは狩猟によって捕獲された野生の鳥獣のことで、その肉も含まれる。アフリカなどではコウモリなどをブッシュミートと呼び、食することもある。特に農作物に被害を与える野生動物は駆除を兼ねた捕獲が行われており、マスコミなどでも取り上げている。
 家畜とは異なり、野生鳥獣肉では病原体を飼育段階で予防することは困難で、自然界における感染環の病原体に不十分な調理法では曝露されることとなる。病原体としては表1に示すものがあるが、ここでは寄生虫疾患に対象を絞り、広東住血線虫とあわせて記載する。養殖以外の魚類も広い意味での野生といえるが、今回は割愛する。

病原体

 寄生虫疾患はまれなものが多く、専門家であっても遭遇することは少ない。寄生虫疾患は原虫によるものと蠕虫によるものに分類され、蠕虫はさらに線虫、吸虫、条虫に分けられる。原虫疾患ではトキソプラズマ、住肉胞子虫(サルコシスティス)が主なものである。トキソプラズマはジビエに限らず、ネコが終宿主であるため、通常診療においても遭遇する機会が多い。先天性トキソプラズマ症があるため注意が必要である。これに対して住肉胞子虫はシカなどの哺乳類のほか、鳥類、爬虫類にも寄生し、集団食中毒の原因となる。ジビエを用いたバーベキュー後の食中毒例では本原虫も念頭に置く必要がある。
 蠕虫のうち線虫類ではトキソカラ、顎口虫、旋毛虫などが、吸虫類では肺吸虫、肝蛭が、条虫ではマンソン孤虫がある。多くのこれら寄生虫疾患はヒトが終宿主ではなく、幼虫移行症の形をとる場合が多い。表2に各寄生虫と症状、診断対策をまとめた。
 対策はすべてに共通しており、加熱に限る。刺身、生食は禁である。これら食材を用いたまな板などの調理器具への注意も怠ってはいけない。厚生労働省等から野生鳥獣肉に関する指針が出ているので参考となる。

「野生鳥獣肉の衛生管理に関する指針(ガイドライン)」の一部改正について(厚生労働省大臣官房生活衛生・食品安全審議官 令和3年4月1日
https://www.maff.go.jp/j/nousin/gibier/attach/pdf/tonko-27.pdf
ジビエ(野生鳥獣の肉)の衛生管理(https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000032628.html

筆者もアフリカでキリン、シマウマ、インパラなどを喫食する機会があったが加熱したものであった。また、図に示したように、未知の病原体の存在も考慮する必要がある。SARS-CoV-2ウイルスも武漢の市場からコウモリやセンザンコウなどの野生動物を介して伝搬した可能性が示唆されており、感染リスクの認識をする必要がある。ジビエが未知の病原体の感染源となりうることはコロナ禍が示している。

広東住血線虫

 広東住血線虫(Angiostrongylus cantonensis)は1935年に広東省で陳がラットから発見した線虫で1944年に台湾で野村とLimが好酸球性髄膜炎患者の髄液から見出した人獣共通感染症である(図1)。終宿主はラットで肺動脈に寄生する。ヒトは感染した陸生貝であるアフリカマイマイ(Achatina fulica)に接触することで経口的に感染する。アフリカマイマイは食用として導入されたものが野生化して沖縄や小笠原諸島に分布している。疾患の分布はアジア太平洋であったが、近年、米国やアフリカからも報告がある。症状は好酸球性髄膜炎である。診断は髄液中に3期幼虫を見つけるか、ELISAによる抗体検査、臨床診断である。治療法は対症療法に加えアルベンダゾールあるいはメベンダゾール投与となる。

まとめ

ジビエからヒトに感染する寄生虫の感染環
 野生鳥獣肉、いわゆるジビエからの寄生虫疾患について、広東住血線虫も加えて記載した。森林地帯や山岳地帯など、ヒトの出入りが少ない場所に生息する野生鳥獣はそれなりの感染環をもっており、ヒトとの接触する機会がないのが現状であった。21世紀に入り、地球環境の変化により野生鳥獣が人里に出現し、ヒトと接触する機会が増えた。これにより本来は森林で起こっていた病原体の伝播がヒトに起こる事態が発生しており、これは今後も続くことが予想される。寄生虫は宿主特異性が強く、ヒト-ヒト間の2次感染は少ないため(図2)、単発の流行に終わる可能性はあるが、診断治療の面から不明のことも多く注意して見守っていく必要がある。

参照

1) 寄生虫症薬物治療の手引き2020(10.2).pdf 新興・再興感染症に対する革新的医薬品等開発推進研究事業
2) Asato R, Taira K, Nakamura M, Kudaka J, Itokazu K, Kawanaka M (2004). "Changing Epidemiology of Angiostrongyliasis Cantonensis in Okinawa Prefecture, Japan" (PDF). Japanese Journal of Infectious Diseases. 57 (4): 184–186. PMID 15329455