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積極的な血液培養の実施、感染症ローテート研修、
抗菌薬適正使用支援で院内感染症対策の底上げを実現

2022年12月発行
掲載内容は、情報誌「Ignazzo(イグナッソ)」発行時点の情報です。
青木 洋介 先生
佐賀大学医学部 医学科 国際医療学講座 教授
佐賀大学医学部附属病院 感染制御部 部長
青木 洋介 先生

1984年福岡大学医学部卒業、同年佐賀医科大学(当時)内科呼吸器医員、94~97年米国スタンフォード大学留学、97年佐賀医科大学内科呼吸器助手、
98年同講師、2003年佐賀大学医学部附属病院検査部副部長・感染対策室長を経て、07年より現職

 日本における院内横断的な感染症コンサルテーション診療の草分けの一人である青木洋介先生に、佐賀大学医学部附属病院でこれまで10年以上にわたって取り組まれてきた感染症診療ローテート研修による底上げ、抗菌薬適正使用支援(Antimicrobial Stewardship: AS)について伺いました〔青木先生は2017年に薬剤耐性(AMR)対策の優良事例として内閣官房の「AMR対策普及啓発活動表彰」を受賞しています〕。

「血培養成患者の3割強が予後不良」から病院横断的な感染制御部を立ち上げ

Q1 佐賀大学医学部感染制御部の設立の経緯についてご説明ください。
 私の専門は呼吸器内科でしたが、米国留学から戻った1997年に研究継続のために院内の血液培養陽性(菌血症)患者の診療状況と予後を調査した結果、血液培養採取時に敗血症性ショックを起こしていた患者が32%に上り、また、34%が28日以内に亡くなっていたことがわかりました(表)。血液培養採取のタイミングが遅く、状態が悪くなってから取り掛かっていたことで対応が後手後手に回ってしまっていたのです。検査部から血液培養陽性報告を受けて病棟に行くと「今朝、亡くなりました」と伝えられたこともあります。
 『これでは大学病院とは言えない』との思いから感染症診療部門の立ち上げを提案しました。私の知る限り、当時の日本には院内の感染症を横断的に診る部門としての感染症科を有する大学病院はなく、まさに各診療科の谷間でした。また、血液培養採取も根付いていませんでした。
 最初は検査部で感染症診療を開始しました。医療情報部門から「感染症診療を始めてから菌血症が増えています」とも言われましたが、「それは増えているのではなく、多くを見つけているのです」と説明しました。約600床の当院における菌血症の年間発生件数は2016年をピークに、その後プラトーになってきた頃には敗血性ショックも28日死亡率も低下し、患者の生命予後は大きく改善しました(表)。血液培養陽性者に早く確実なケアを行うことで付随的にさまざまな効果が出てきたのです。血液培養陽性検出例が一定の数に落ち着いたことで、私も『院内の菌血症をほぼ捉えているだろう』と思えるようになってきました。
 2002年に感染対策室を立ち上げ、翌2003年に感染症コンサルテーション診療を始めました。相談は感染症に限らず、発熱に関するものが多かったです。当初はコンサルテーションの依頼もそれ程多くありませんでしたが、2~3年後には「あそこに相談すれば解決してくれる」と実感してもらえるようになり、現在では年間600~700件の依頼があります。
 2007年に現在の感染制御部になりました。スタッフは私を含め専従医師4人、専従の感染管理看護師(ICN)1人、専従の薬剤師1人の6人体制です。看護師が中心となって院内感染対策に取り組んでおり、例えばICUなど院内各部署をチームで回り、標準予防策や接触予防策が遵守されているかチェックしています。また、全国でもかなり早く専従薬剤師を置いており、医師同様にコンサルテーションや研修医の指導を担っています。抗菌薬以外の薬剤との相互作用や腎機能低下患者における用量調節などについても、かなり専門的に対応することができています。
 毎朝、前日にコンサルテーション依頼を受けた入院患者を全員で訪ねてラウンドを行っています。互いに「こうした問題があって相談を受けているが、どんな感染症が考えられるか」「感染症でないとしたら、発熱の原因は何か」などの問いかけをしています。抗菌薬について議論するのはその後であり、抗菌薬が必要な発熱か、そうでないかを鑑別する能力を養うことが重要と考えています。週1回の全体カンファランスとラウンドでは、直近のコンサルテーション例について全員でレビューしています。
佐賀大学医学部附属病院における血液培養陽性(菌血症)患者の予後推移

初期研修医に対する感染症診療ローテート研修で「底上げ」を実現

Q1 初期研修医の感染症診療ローテート研修について、その概要と意義についてお聞かせください。
 コンサルテーションがほぼ毎日入ってきたことで、当初2名のスタッフだけでは対応仕切れなくなってきた2006年から、教育を兼ねた感染症診療を選択研修させています。初期研修医が1〜2ヵ月間常時ローテートに来ています。研修経験者が「役に立つから回った方がいい」と口コミで伝えてくれているようであり、初期研修医の8~9割が感染症診療を選択しています。現在までに感染症診療ローテート研修参加者は400人を超えており、病院全体の「底上げ」に貢献しています
 感染症診療は多岐にわたりますが、研修では本当に必要なもの(essenti al few)に絞って、そこに注力しています。病院感染症は市中感染症ほどバラエティ豊かではなく、頻度の高い院内感染の基本的診療(必要な一次検査と抗菌薬による適切な初期治療の開始)ができる医師を多く育てることが大学病院全体の診療にとって重要と考えています。
 最も重視しているのは患者病態の考察です。指導医とともに患者を診て、どんな病態か、どの臓器の感染症が考えられるか、抗菌薬は何を使うか、他にどんな処置が必要かなどを議論して、研修医がカルテにまとめています。
 私が彼らに求めているのはまず、「頻度の高い五大院内感染症(院内肺炎、カテーテル関連血流感染症、カテーテル関連尿路感染症、創感染症、クロストリジオイデス・ディフィシル感染症)の鑑別」です。研修では必要な一次検査と適切な初期治療を確実に伝えるようにしています。次に求めているのは「どの抗菌薬を使うかを自身で決定できる判断力」です。指導医の説明を聞いて理解することと、自分で意思決定できることは違います。研修医が私の考えとは違う抗菌薬を選択したとしても、できるだけその意思決定をサポートするようにしています。
Q2 感染症診療について共通言語を持つ医師が増えていることで、病院全体の底上げにつながっているのでしょうか。
 確かにコンサルテーション依頼時にも話が通じやすくなっています。初期の頃に研修を受けた医師は現在、それぞれの診療科の中堅医師になっていることで、基本的な対応は自分たちでできるようになり、病院全体の底上げにつながったと言えるでしょう。
 専門家が何十人いても、非専門家が何百人もいるとなかなか思うようにいきません。専門家の考え方を非専門家にわかっていただくのは容易ではありませんが、病院全体の底上げのためには、多くの研修医に専門家としての入門的な基本的事柄をしっかり教える。それだけでもかなり違うと思います

* 佐賀大学医学部附属病院感染制御部は、「第1回薬剤耐性(AMR)対策普及啓発活動表彰」において、「卒後初期の感染症診療・教育による抗菌薬適正使用の実践・啓発の10年に及ぶ取り組み」が評価され、厚生労働大臣賞を受賞しています。

スチュワードシップに基づいて施設全体を動かすためには

Q1 抗菌薬適正使用支援(Antimicrobial Stewardship:AS)および抗菌薬適正使用推進チーム(AntimicrobialStewardship Team: AST)のあり方について、先生のお考えをお聞かせください。
 抗菌薬を適正に使用するために、米国感染症学会(IDSA)と米国医療疫学学会(SHEA)から、抗菌薬適正使用プログラムの実施についてのガイドラインが示されています1)。また、日本でも8学会合同抗微生物薬適正使用推進検討委員会(委員長:二木芳人)として「抗菌薬適使用支援プログラム実践のためのガイダンス」が出されています2)
 ガイドラインの推奨を実行に移す場合には、それぞれの施設の実情に応じてできることから始めるべきです。我々は2007年のカルバペネム使用の許可制から始めました。取り組みやすいものは、院内採用抗菌薬の整備、感染対策担当の医師や薬剤師が感染症診療過程をチェックし、改善点を伝える前向き監視とフィードバック、de-escalationなどの治療抗菌薬の最適化、ガイドラインやクリニカルパスの見直しなどです。また、ICDやICN単独では難しく、ASTを設置する施設が日本でも増えてきました。 ただ、AST導入に際しては、総論賛成でも各論ではそれぞれの価値観の違いが浮き彫りにされます。大学病院など各診療科がそれぞれの価値観で動く専門家の集団を動かすことは難しいのが実情です。
 ASTは院内全体の協力が不可欠であり、例えば「血液培養陽性患者の予後を改善する」などの目標を文章化して共有化し、管理者や各部門の長の理解と協力を取り付けなくては成功しません。院内の抗菌薬適正使用を重視するASTと主治医(主科)とでは抗菌薬使用の背景が異なることを認識しておく必要があります。ASTの助言は主治医の処方の裁量権に制限を及ぼすことにもなり、あるいは間違いを指摘するかのように受け取られる場合があることも認識しておくべきです。
 ASTは院内の「番人」ではなく、「何かお困りですか?」と親切に尋ねる「執事(steward)」です。ASTのディレクターにはプロジェクト全体を見る「鳥の眼」を備え、相手に選択の自由を残しつつ、よりよい選択を気分よく選べるように促すナッジ(nudge)や行動科学的な手法も採り入れることが求められます。
 言葉は必ずしも適切ではありませんが、あるべき方向に流れるように上手に操ることが必要です。私もこの10年間ほどは行動科学を勉強しています。現場を動かすのは「知識」ではなく「人間」です。現場が動かないのは知識の欠如よりも感情的で政治的なものが原因のことが多いと思います。ルールを教える側は「もう2回も3回も言ったのに」と言いますが、私は「20回、30回言わないとわからないと思いなさい」と指導しています。「頭の中で流れている音楽が違う」という表現があります。まったく違う音楽が流れている相手に自分の音楽を教えても調和することはできません。「わかりました」と言ったとしても実は思った以上に通じておらず、結果として、それぞれの部門が自分たちの価値観で動き出します。規模の大きい病院ほど価値の統一は簡単ではありません。Stewardshipにおいては「当院の感染症診療は何を目指して、どの方向に向かうのか」をディスカッションして明確化したのち、文書化して皆で共有することが重要だと思っています。

Q2 血液培養についてさらに深くお聞きいたします。最新の検査技術を活用することで、ASをさらに推進させる効果的な診断支援(diagnostic stewardship: DS)につながると考えられます。DSの視点から適切な血液培養検査についてのお考えをお聞かせください。
 正しい血液培養とはタイミングを逸しないことです。血液培養用血液採取までの距離が遠い施設はまだまだ多いのですが、前述したように敗血症性ショックを起こしてから施行したのでは遅いのであり、個々が判断をするまでもなく「こうした兆候を認めたら血液培養を実施する」のルールをあらかじめ決めておけばよいでしょう。
 米国微生物学会出版部が刊行する『CUMITECH血液培養検査ガイドライン』3)*では「1,000人/日あたりの血培数を103~188の間」と推奨していますが、前述したように、私は年間に発生する菌血症件数がプラトーになったら捕捉できていると考えています。
 これまでに話した感染制御部の設立の経緯、研修医のローテーションによる底上げの効果については今後論文にまとめることを考えており、システムを強制的に導入するよりも長期にわたって人材を育てていく意義を述べるつもりです。

Q3 医療のさまざまな分野にAI(人工知能)が採り入れられています。感染管理においても、将来的にはAIが患者背景を解析して血液培養を推奨するような、DSに近いシステムができるのでしょうか。
 それは将来的にあり得ますね。「血液培養を実施するべきか」はまさに診断の入り口であり、解析範囲が広がると、極端に言うと収拾がつかなくなってしまいます。判断指標に基づいてフォーカスしたほうが検査項目も少なく済みます。AIが「この患者は血液培養が必要」「この患者は不必要」と判断できればDSは不要となります。グレーゾーンについては医師が決めることにすれば、臨床応用できるシステムが作れるでしょう。血液培養陽性者と陰性者の背景因子を解析する必要はありそうです。
 起因菌の同定まではおそらく難しく、たとえば「セファゾリンで対処できるか」「セフトリアキソンが効くのか」「緑膿菌までカバーするセフタジジムのほうがよいのか」と、適切な薬剤を選択するアルゴリズムのほうが臨床的には有用でしょう。発熱した患者をAIが解析して「感染症です。この患者ではセファゾリンではなく、セフォチアムでいきましょう」と助言する時代が来るかもしれません。

* CUMITECH: Cumulative Techniques and Procedures in Clinical Microbiology(臨床微生物学的検査における技術と手順の蓄積)

文献

1) Barlam TF, et al. Clin Infect Dis 2016; 62: e51-77.
2) 二木芳人. 環境感染誌 2017; 32: 1-38. (http://www.kankyokansen.org/uploads/uploads/files/jsipc/ASPguidance.pdf)
3) Baron EJほか 著/松本哲哉・満田年宏 訳. 2007. 医歯薬出版.