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感染症アラカルト: 非結核性抗酸菌症診療マニュアルについて

2017年11月発行
掲載内容は、情報誌「Ignazzo(イグナッソ)」発行時点の情報です。

NHO近畿中央胸部疾患センター 統括診療部長 鈴木 克洋先生

はじめに

2015年3月に日本結核病学会編集で発行された「非結核性抗酸菌症診療マニュアル」の内容に沿い、非結核性抗酸菌症の概説を行う。

1)非結核性抗酸菌症とは

培養可能な抗酸菌の中で結核菌群以外の総称を、非結核性抗酸菌(NTM)とする。その数は現在150以上で、年々増加している。NTMによる感染症が非結核性抗酸菌症(NTM症)であり、そのほとんどが肺NTM症である。他に皮膚・軟部、骨・関節、リンパ節などのNTM症が報告されている。

2)感染源と隔離の要否

自然界では短時間しか存在できず、ヒトからヒトへと感染する結核と違い、NTM症の感染源は、風呂場などの水周りや土壌などの自然環境である。ごく例外的な状況を除き、ヒトからヒトへの感染は否定されており、保健所への届け出や患者の隔離は不要である。

3)肺NTM症の診断

表1 肺非結核性抗酸菌症の診断基準
表1 肺非結核性抗酸菌症の診断基準
臨床検体から1コロニーでも検出されれば確定診断となる結核と異なり、肺NTM症の診断には診断基準を満たすことが必要となる。現在日本で汎用されている日本結核病学会・日本呼吸器学会合同の診断基準を表1に掲示する。概要は肺NTM症に合致する画像所見のある患者から、喀痰であれば2回、気管支鏡検体であれば1回、有意なNTM菌種が培養されることである。結核と異なり自然環境に広範に生息するため、検体への混入や気道への一時的な定着の可能性があるため、診断基準が必要となることは言うまでもない。

4)肺NTM症は著増している

呼吸器内科の臨床医は肺NTM症の増加を日々実感してきた。2013年、わが国で倉島らにより実施されたアンケート調査では、肺NTM症の推定罹患率は10万対14.7であり、すでに結核を凌駕するほどであった。治療期間が長く、再発例も多い肺NTM症の有病率が、結核よりも高いことは容易に推測できる。

5)わが国の肺NTM症の特徴

(左)図1 結節気管支拡張型肺MAC症 (右)図2 線維空洞型肺MAC症
(左)図1 結節気管支拡張型肺MAC症
(右)図2 線維空洞型肺MAC症
各種報告よりわが国での肺NTM症の特徴を概説する。原因菌の80%以上をM.avium complex(MAC)が占める。中高年以上の特に基礎疾患のない女性例が多い。胸部画像では、いわゆる結節気管支拡張型(図1)が80%程度、線維空洞型(図2)が20%程度である。肺MAC症の原因菌には地域格差があり、中国・四国地方より西ではM.intracellulareが多く、近畿地方より東ではM.aviumが多い。ちなみにMACとは、M.aviumM.intracellulareの総称で、両者による感染症に全く差がないため、まとめて呼称しているわけである。
次に多い原因菌はM.kansasiiである。肺M.kansasii症は喫煙男性に多く、肺尖上野の薄壁空洞が画像上の特徴である。従来肺NTM症の10%程度を占めていたが、発生が横ばいのため徐々に相対的比率が低下している。
第3位の原因菌は、M.abscessusで、MAC症同様中高年以降の女性の結節気管支拡張型を呈する。近年、MAC症同様に増加している。肺MAC症に合併する例も目立つ。

6)肺MAC症の治療

表2 肺MAC症化学療法の用量と用法
表2 肺MAC症化学療法の用量と用法
学会の肺NTM症化学療法の見解より、肺MAC症の治療レジメンを表2に引用する。一般的に内服3剤の投与を行う。重症例では初期3〜6か月間注射剤も併用する。
現在の診断基準では、症状のない軽症例も診断されるため、化学療法の開始基準が問題となる。診療マニュアルによれば以下の例はすぐに化学療法を開始すべきとされる:ⅰ)線維空洞型、ⅱ)結節気管支拡張型で病変の範囲が一側肺の1/3を超える症例、気管支拡張病変が高度な症例、塗抹排菌量が多い症例、血痰・喀血のある症例。以上に該当しない、特に75歳以上の高齢者では経過観察として、病変や症状の悪化があれば化学療法を考慮する。
診療マニュアルより治療期間を概説する。結節気管支拡張型の非空洞例は喀痰培養陰性化から1年間、線維空洞型または有空洞の結節気管支拡張型では、培養陰性化からおよそ2年間と記載されている。喀痰培養が陰性にならない場合、いつまで治療を続けるかが問題となる。以下、私見となる点を了解いただきたい。症状や画像の悪化が見られる症例では、長期間(たぶん生涯)化学療法を続けざるを得ない。一方、喀痰培養陽性が続いても、症状や画像が落ち着いている例では、総計2〜3年の治療でいったん終了し経過観察することも可能である。

7)結節気管支拡張型肺MAC症再発例の多くは再感染であった

肺MAC症が結核と比べて難治なのは、殺菌効果の強力な薬剤が乏しいためであると考えられてきた。確かに線維空洞型の重症例では、いつまでも多量排菌が続くことをしばしば経験する。一方、空洞のない結節気管支拡張型の再発例の75%程度が再感染であることが米国で報告された。最初に検出したMACと再発時に検出したMACが別の菌であることを分子疫学的に証明したわけである。わが国からの報告をまとめると、MAC症の感染源は風呂と土壌となる。特に結節気管支拡張型肺MAC症患者には、風呂の清潔を保ち乾燥に留意する点、農作業やガーデニングなど土ぼこりを吸引する危険性のある行為は極力避ける点を十分に教育する必要がある。