表 致死性の高い毒
人類を最も困らせているのは細菌が産生する毒であろう。これらは明らかに毒素(Toxin)という表現が相応しく、少量でも人体に強烈な毒性を発揮する。地球上で最強の毒素はボツリヌス菌(
Clostridium botulinum)が産生するボツリヌストキシンAである。1gで1,000万人以上の命を奪うことも可能である。ボツリヌス菌の兄弟ともいえる破傷風菌(
Clostridium tetani)も強毒を産する。赤痢菌から大腸菌に毒素遺伝子が移動したといわれるベロ毒素は青酸カリに比べ1,000倍以上の毒性を持つ。ちなみにジフテリア菌(
Corynebacterium diphteriae)はジフテリア毒素を作る遺伝子を持っておらず、菌に感染しているベータファージが持っている遺伝子によって作られる。強毒菌といわれるジフテリア・百日咳・破傷風はDPTワクチンにより予防することができるが、このワクチンは菌に対する抗体を作るのではなく、毒素を不活化したトキソイドワクチンであり、毒素に対する抗体を得る。大腸菌O-157などが産するベロ毒素は強毒であり症例数も多いため、ワクチンの開発が望まれる。
人類は毒を薬に転じる技術を持っており、植物由来のアルカロイドからは多くの医薬品が開発された。ヤドクガエルが持つ毒素の1種のエピバチジンにはモルヒネの200倍の鎮痛効果がある。サソリの持つクロロトキシンは脳腫瘍の一種であるグリオーマと特異的に結合するため「腫瘍ペイント」として利用され、1cm以下の腫瘍の位置が特定できるそうだ。地上最強の毒素であるボツリヌストキシンAも「ボトックス®」という名で美容外科の「しわ取り薬」として利用することを可能にしている。人類は毒を持つ生物ではないが毒を使いこなすことができる。争いごとなどに使わず医療に使って欲しいものである。
(文責:日本BD 吉田 武史)
引用: 「毒と薬」 監修 鈴木 勉 新星出版社 Salvitti L.R et al. Toxins 2015, 7(2), 255-273